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横浜南太田「乞食谷戸」の現在 (2) ドンドン商店街

横浜市南区南太田界隈に存在したと言われる「乞食谷戸」と呼ばれた昔の貧民窟の面影を訪ねにやってきた訳だが、現在はもちろん存在している訳でもなく、普通の古い住宅地が残っているだけだ。

京急南太田駅からドンドン商店街に続く路地。隣の黄金町や日ノ出町などは今でもかなりキョーレツな街並みが続いていたりするわけだが、南太田にやって来るとそれほどインパクトがある訳でもない。そりゃ戦前の話だから無理もない罠。



くねくねと曲がった道なりに沿って駅から200メートル程歩くとドンドン商店街に至る。

京急本線、大岡川とほぼ並行して走る幹線道路・平戸桜木道路に面して「DONDON」のアーチが掛かっている。ここから清水ヶ丘方面に伸びるメインストリートがドンドン商店街。
しかし入口付近はおおよそ商店街の風情は感じられず、飲食店もスーパーも見かけない反面、建物解体業者の看板だけが目立っている。

平戸桜木道路の交差点の名も「ドンドン商店街入口」。大岡川の支流にドンドンと水流が溢れる「ドンドン川」があることからこの名前が付いたという。なんともまあテキトー過ぎるネーミングで笑える。こう見えても創立50年以上の歴史ある商店街だ。

商店街らしき店舗よりもむしろ目立つのが裏通りに並ぶトタン葺きのかなりガタが来てそうなバラック家屋の存在だ。かつて乞食谷戸の名前を持っていた土地の貫禄を感じさせるかのようだ。

忘れられたかのような路地裏風景がひしめくドンドン商店街真裏の昼下がり。駅に近いのになぜここまで街が寂れているのか、不思議でしょうがない。

もっとも南太田の買い物拠点はドンドン商店街ではなく、平戸桜木道路沿いのフジスーパーにシフトしているらしい。ドンドン商店街はどんどん寂れるに任せひたすら古いバラック民家が残っているだけ。

商店街の脇にもかつて栄えていた名残りのような古い商店のビルがあちこちに残っていて独特の雰囲気を漂わせている。来た時間帯が悪かったのか既に潰れているのか知らないが店が閉まっている「北海ラーメン・大判屋」は老舗店で、ラーメンの他にも大判焼の店頭販売もやっているという。

そのラーメン屋の向かいにも屋根の付いた商店群の残骸がある。既にシャッター通りになってしまい封鎖されたまま。その奥には目新しいマンションが見える。

こんな寂れたローカルな商店街にも中国人経営の中華料理屋が進出し始めているようだ。「中国食堂」はドンドン商店街のサイトにも記載されていない。横浜に中華街があるから多いという訳ではなく関東一円例外なく中国人の数が激増しているのだ。

すっかり地方のシャッター通りのような風情すら漂わせるドンドン商店街に沿って進んで行くと清水ヶ丘病院、さらに保土ヶ谷駅方面へと続く。商店街のはずだが相鉄バスのルートにもなっていて、頻繁に大きなバスの車両が行き来する。

実は昼飯を済ませていない状態でドンドン商店街に来て、ろくな店がないので困っていた所だった。横浜の下町には微妙な中華料理屋はごまんとあれど、毎日脂っこい食い物ばかりでは胃がもたれる。
ようやく見つけたのは「おにぎり弁慶」。すっかり寂れる一方の商店街で奮闘中のおにぎり屋。乞食谷戸の痕跡を探しにやってきたのに危うく自らリアル乞食と化してしまいそうな前に辛うじて腹を満たす事が出来た。

乞食谷戸と呼ばれた貧民窟は、このドンドン商店街を中心にした谷戸地に開けていたと言われる。四谷鮫河橋谷町もそうだったが、さすがに貧民窟だと思わせるほどの悲壮感を感じさせるものは無い。
現在で言えば横浜橋通商店街向こうの中村町辺りの方がドヤ街も残っているし、よほど雰囲気が近い。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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