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富津市・見捨てられた歴史遺産「岩谷観音磨崖仏群」 (1)

房総半島を訪れると分かるが、この一帯には高い山が存在せず(千葉県は日本の都道府県で最高地点が最も低い県)、その代わりに細く入り組んだ丘陵地帯が張り巡らされている。
道路脇に目をやると、崖っぷちの岩肌が目に付くが、よくよく見ると頻繁に洞穴が作られている光景が見られる。その洞穴の中は、個人のガレージや物置に使われたり、一方では地元の寺や神社が使っていたりする。
南房総を訪問すると特に印象的なのが、洞窟の壁を刳り抜いて作られた仏像「磨崖仏」が多く見られる事である。日本全国でも大分や鹿児島などに多いが、関東では房総半島と三浦半島などに多い。
そういえばこの一帯は日蓮聖人生誕の地でもあって、街は救いようもないくらいに寂れまくっている一方で、殊の外古い歴史遺産にバッタリ巡り合う事もある。

富津市のJR内房線上総湊駅近くの数馬という集落の一画までやってきた。ここまで来るとひたすら鄙びた街並みが延々と続くだけで何のツッコミどころもない訳だが…



しかしこの場所に「岩谷観音(岩谷堂)」と呼ばれる洞窟寺院があると聞いて、場所を調べて訪れた次第。淡々と田舎の風景が残るだけの場所で、別に観光地でもなんでもない。ちなみに同名の寺院が福島市にある(しかもこっちも磨崖仏群が有名)ので紛らわしいが、千葉の岩谷観音は別モノです。

とある民家の駐車場らしき場所に車を降りると、そこから民家の裏手を回って山側に入っていく。

表の案内看板を見ると、奈良時代に行基が一夜で作ったという言い伝えが残っているという磨崖仏。観光資源として活かす事もなく地元民にひっそり拝まれているだけのようだ。目の前の階段を登って先へ進む。

すると道中には法面を四角く刳り抜いたスペースに、まるで商品が陳列されているように整然とならぶ古いお地蔵様や墓石などが現れる。

殆ど人が踏み入った形跡が見当たらず不安になるが、それでも斜面を登り続けると上方から古びた一軒のお堂が見えてくる。

お堂は屋根や土台はしっかりと作られているが、周囲が安っぽいトタン板で張り巡らされていて見た目がちょっと微妙。おまけに入口が塞がれていて、日常的に使われている様子が全くない。

傍らの石碑には辛うじて「岩谷観世音菩薩」と書かれた文字が見える。それにしても凄まじい放置プレイっぷりにあんぐり。

これだけで終わってしまうとショボ過ぎるのだが、もちろんそんな事はない。山側の崖に目をやるとお堂の隣にぽっかりと空いた洞穴が見える。この穴の中に岩谷観音の磨崖仏群が残っているようだ。

さらに崖沿いには人間が辛うじて入って行けそうな感じの洞穴がいくつか空いていた。おそらく数百年も前の人間が人知れず掘り抜いて、現在でも人知れず放置されているものである。草木がびっしり覆い茂っていてとても入る気にはならない。我々は川口浩探検隊のようなワイルドさはないので、入るのはよしておいた。

浦賀水道を跨いだ向かいの三浦半島にも沢山の洞穴が見られたが、総じて海沿いにあった洞穴は戦時中に洞窟陣地として使われたりと物騒な歴史もあった訳だが、岩谷観音の洞穴はそういったものとも無縁の模様。

一通り山側の崖を見たが、人が立ち入れそうな穴はお堂の横から入れる一ヶ所のみ。ちょっと中の様子を見てみる事にする。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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