青山霊園周辺 (2) 西麻布二丁目ボロ木造家屋群<前編>

ひたすら広大な青山霊園の敷地を跨いで、墓地西側を通る外苑西通りに出てきた。この一帯の住所は南青山四丁目と西麻布二丁目になっているが、昔は「麻布笄町」と言っていた。外苑西通りを挟んで青山霊園側と西側の住宅地は高台で、外苑西通りに沿った一部のみが笄川の暗渠が通る低地となっている。
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青山橋の脇の階段を下に降りて南側に歩いて行く。そのまま進むと西麻布交差点へ至るが、マンション群に紛れて、なにやら戦後のドサクサ臭が残る独特のボロ木造住宅が立ち並ぶ一画がある。


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外苑西通りを南にしばらく歩いていると、通りに面したマンションが突然途切れて、その向こうにスカスカの空き地と木造家屋ばかりが並ぶ奇妙な区画が見える。路地に足を踏み入れると、かなり昔からそのままになったかのようなボロボロのコンクリートタイルが敷き詰められた地面が残っていた。
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しかし家々をよく見るとかなり放置プレイが酷いようで玄関先にまで粗大ゴミの投棄が目立っている。あまり住人が生活しているような雰囲気ではない。
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タンスにソファー、それにテレビ台…引越しの際に粗大ゴミを出すのが面倒でそのまま置いていったような感じである。
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その並びの家もどこかしら荒れた感じが否めないのである。古い長屋といった所だが、ここが浅草あたりならまだしも、セレブタウンと認識されつつある西麻布の一角にある風景だとはなかなか想像出来るものではない。
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そのうち再開発でもするのだろうか、一部の土地は行政によるものなのか緑色のフェンスで囲われ、中で雑草が伸び放題になっていた。そして古い木造家屋群はその向こうにもずらりと見える。
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歯抜け状態になった住宅地の路地裏は皮肉にも日当たり良好。住民も高齢化が激しいらしく、たまに人を見かけたと思ったら爺さんか婆さんしかいない。
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わずかに残る木造家屋が向き合う狭い路地に入ると、そこはもう完全に昭和30年代の風景である。
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空き地の正面に並ぶ木造長屋は外壁の板張りのボロさから見ても相当の築年数であることが窺える。詳しい経緯は分からないが、これらはおそらく戦後間もない時期に建てられたのだろう。
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オンボロ木造家屋群は現状ではおよそ30軒くらいが残っているようだ。区画の広さは南北60メートル、東西30メートルといった所。マンション開発がお盛んでスクラップアンドビルドの激しい西麻布においては、ある意味奇跡的な存在。
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舗装も途切れて草ボーボーになっている細い路地の向こうにも住宅の玄関がまだまだ続いている。これ以上部外者が立ち入るのは憚られる雰囲気だ。
一方で、そのすぐ向こうにはフツーに綺麗な一戸建てが並んでいる訳で、この区画だけいつまでも古い家が取り壊されずに残っているのは何故だろうと考えてしまう。
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この付近の家は現役なのか廃屋なのかさっぱり分からない。そして空き家となったであろう区画はもれなく緑のフェンスで囲われた空き地となっている。まるで再開発を待つかのようである。
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ボロ長屋の中には古い家財道具をそのまま残して主が消えたままになったものもある。住民が全員いなくならない事には建物を取り払えないのだろうか。こういう独特の雰囲気から見ても、やっぱりこの一帯は「戦後のドサクサ」なのか?と疑ってしまいたくなる街並みだ。

東京都港区
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