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戦後の青線の面影漂うLGBTタウン「新宿二丁目」の飲み屋街

素人にはお勧めできない世界だと思われ敬遠されがちな「新宿二丁目」だが、ノンケ…いや一般人でも割と気軽に“ソッチ側”の世界を覗く事が出来る場所が、この街に集まるゲイバーの数々だ。しかしLGBT当事者に対する最低限の理解と心得を持って訪れるようにしたい。

新宿二丁目にあるゲイバーはおよそ130店舗程(新宿二丁目振興会加盟店)。バブル期には400店舗以上あったらしく、バブル経済の終焉に加え、インターネットの普及で出会いの場が多様化した事で規模が縮小して現在に至っている。

それでも二丁目を訪れると、ひしめく雑居ビルには夥しい数のゲイバーのネオン看板が見られる。日本最大のLGBTタウンは健在なのである。

歌舞伎町あたりのホストクラブ街と比べても、店の名前にもどこかしら愛嬌が感じられるものが多い。店の数だけで言えば大阪の堂山町とは東西横綱的存在である。

もっとも新宿二丁目がゲイタウンとなったのは戦後の1960年代以降の事なので、それ以前からある店も当然残っている。いかにも古そうな店は、見た目が全くゲイバーらしくない、もしくはゲイバーですらなかったりする。

二丁目18番地には「新千鳥街」という2階建ての飲食ビルが残っている。ここは新宿二丁目が戦後の赤線だった頃から続いている古い飲食街で、足掛け半世紀ここで商売しているという店も多いとか。ゲイバーだらけの街に生きる、言わば老兵である。

とはいえ新千鳥街の中に入ってもゲイバーだらけになってしまっていた。かなり世代交代が進んでしまった模様。しかし建物は赤線時代の頃からそのまま残っているという。

新宿二丁目にも、昭和の時代にはまだまだ玉の井あたりにあった艶めかしいカフェー建築が残っていたそうだが、現在赤線の名残りを留める建物は新千鳥街を除けば殆ど解体されてしまっている。赤線廃止後に、元赤線の空き店舗に続々とゲイバーが進出してきて今のようにゲイタウンが形成されたのだ。

路地裏の雑居ビルにも看板がびっしり。というかビル一面がオールフロアーオールゲイバー状態のものも少なくない。モナさんが通っていた店はどこだろう…と思って探しても簡単には見つからんなこりゃ。

柳通り北側の成覚寺裏手あたりもかなりの数のゲイバービルが密集しまくっている。昼間訪れるといたって静かだが、建っている建物の9割方はゲイバーしかないだろうというような凄まじい場所だ。

各フロアから小さな店舗の看板がそれぞれ大量に掲げられている光景は「二丁目」ならではのものである。

いかにも古そうな一面蔦だらけの凄い建物のバー「びきたん」の角から仲通り方面に抜ける細い路地がもう一本隠れている。この店も建物の古さから見てゲイバーではなさそうな感じだ。

だが路地裏に足を踏み入れるとやはりゲイバーの嵐。密度がハンパない。

裏手に広がる成覚寺は、新宿二丁目が遊郭だった時代に死んだ遊女を葬る「投げ込み寺」だった。江戸の頃から色街としての性格が強い場所なのである。

とあるゲイバーの看板。
「女の子みたいな◯がお出迎え 男◯不問」…何者かにいたずらされて消されたっぽい。

テレビでも新宿二丁目が紹介される機会が増えて、男のノンケや女子が気軽にゲイバーに訪れるようになった一方で、それを快く思っていないゲイもいるようだ。ゲイバーの多くは初回は男性同伴でなければ女性の入店はダメといった店も多く、ゲイの聖地を荒らされたくないという感情も少なからずある。

一方で女性同士の出会いの場であるレズビアンバー(ウーマンズバー)もあるそうだが、数が少ないようで見つける事が出来なかった。

新宿二丁目のゲイバーに訪問の際は面白半分にではなく「日本で数少ないゲイの解放区」という事を念頭に慎重に店選びをした方がよさそうだ。ゲイ、ノンケ、男女問わず、どちらにしても新宿二丁目は「アダルト」な街なのです。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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