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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索

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新宿区戸山、新宿副都心至近にありながら、今も昭和の高度経済成長時代の残滓を引きずる一帯。「山手線内最高峰」の箱根山を擁する戸山公園を取り囲むように立ち並ぶ1号棟から35号棟までに約7000人が生活し、その半数近くが高齢者という「都営戸山ハイツ」という名の巨大老人ホーム。

団地の入口に居た大量の老人の姿に早速目が点になってしまいそうだが、少子高齢化のリアルを体感するならばこれ以上の場所はない。彼らの寝床となっているのが古ぼけた高層マンションである。

都営戸山ハイツの成り立ちは終戦後のGHQ統治時代に遡る。戦後廃止された陸軍戸山学校跡地に、戦災者及び引揚者を住ませる木造住宅を建てたのが始まりだ。「戦後初の大規模都営住宅」は昭和40年代に建て替え工事で高層化され現在に至る。

起伏の激しい丘陵地に点々と建設された戸山ハイツの団地群。土地が広々と取られているので高層住宅だらけとは言え圧迫感を感じる事もない。住宅敷地外は公園として整備されているため、木々が覆い茂っており自然環境も育っている。

高層住宅の1階部分が商店街になっている所もある。戸山ハイツ自体が広大なので、わざわざ団地の外に出なくとも日常の買い物を済ませられるようにしてあるはずだが、軒並み店舗はブッ潰れたまま放置プレイである。こちらは若松町寄りの戸山ハイツアパート10号棟。

散髪屋など、ぽつりぽつりと開いている店もあるが、潰れた店が事務所に転用されている場所もあるわ、既に商店街としての機能が失われていた。

殆ど高齢化した世帯の多くが年金族ないし生活保護受給世帯だったりするので大して購買力もない。そもそも都営住宅の本質は困窮者を受け入れる為の福祉住宅なのである。

潰れた店の前は自販機置き場になっていた。人通りもまばらな商店街の残骸。

その向こうには総務省統計局の建物。元軍施設だった経緯もあって戸山一帯は国の建てた施設が集中する。さらに隣接して国立国際医療センター、国立感染症研究所の建物がある。

一方でシャッター街に面する広場には暇そうなご老人達が所在無げに集会を開いており各々日向ぼっこをしがてらご近所同士の会話をしている。

戸山ハイツの各所でこうした風景を見る事が出来る。体裁はかなり違うが山谷で見かける風景とどこも変わらない。かたや団地住まい、かたやドヤ住まいかホームレス。

高層住宅がある一方で5階建ての中層住宅の数も多い。これらの殆どが都営住宅(ごく一部は東京都住宅供給公社の分譲住宅)となる。団地の敷地自体が広大過ぎるので、同じ戸山ハイツアパートでも場所によっては東新宿駅より若松河田駅、もしくは西早稲田駅、早稲田駅の方が近いケースもある。

巨大な老人ホームと化した団地の公園に置かれた遊具はことごとく遊ぶ子供の姿もない。かつては子供の声が団地内に絶えず響いていたに違いないが、成人すると皆出ていってしまう。地区内の東戸山小学校も生徒数激減で1学年2クラスを維持するのも難しいらしい。

「子供飛び出し注意」を意味するこの看板も錆びついてしまっているが、そろそろ「老人の車椅子に注意」の看板に付け替えた方がよさそうな気がする。

地区の子供よりもむしろサークル活動で騒ぐ早稲田大学生が大勢居る模様でこんな注意書きの看板が…さすがスーパーフリーな大学だけの事はある。

人口集中の激しい東京だが、同じ都内なら江東区や江戸川区あたりの団地は若いファミリーや子供だらけ(日本人じゃないのも多い)でまるで様子が違う。オールドタウンとなった戸山ハイツは同じようにはならない。

痛勤列車で片道一時間以上掛けて新宿に通っているマゾなおのぼりさんは多分こんな「新宿」がある事も知らなかったりして。こんな場所に住めたら職住近接でいいんじゃないかと思う訳だが現状団地という名の老人ホームなのでしょうがない。所謂世代間格差ってやつでしょうか。

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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索 (2011年)

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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