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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索

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新宿区戸山、旧陸軍戸山学校跡地に作られた「戸山ハイツ」の巨大団地群。1号棟から35号棟まであるその団地群が取り囲むように配置されている中が「戸山公園」になっている。新宿駅にも近い場所にあるにも関わらず別世界のような風情だ。

その戸山公園の中心部に箱根山という築山がある。尾張藩徳川家の下屋敷だった頃、庭園の池を掘った残土で築いた標高44.6メートルで「山手線内最高峰」と言われる山。ちょっとした登山気分まで味わえてしまう。本当にここ新宿区なの?

箱根山の山頂へはわずか1分足らずで登頂。頂上は広場になっていて近所の住民とかが一息ついている。決して眺めのよくない山頂ではあるが、遠目に西新宿の超高層ビル街を眺める事が出来るのだ。

山頂にはこうした水準点の標石がきちんと据え付けられていてここが「山」である事を自己主張している。

箱根山は山手線内最高峰とか23区最高峰とか色々言われているようだが、23区の独立した山ではない「最高地点」は練馬区関町付近で58メートルあるので、そのへんは解釈の仕方で答えが変わってしまう。

さらに箱根山は人工的な築山なので、自然の山に限ると港区愛宕の愛宕山(25.7メートル)が都内最高峰という事になる。

いましがた登ってきた登山ルート。人工の山だけど結構ワイルドな感じである。ちなみに箱根山は徳川家下屋敷(戸山荘)の時代は「玉円峰」と呼ばれていた。正式に今の呼び方になったのは明治維新以後、陸軍施設時代になってからという。

そんな箱根山の上から周囲を見下ろすと、何やらキリスト教会の建物がぽつんとあるのが見える。周りに何もないだけに奇妙な感じだ。

箱根山を「下山」してキリスト教会の建物を見る。正しくは日本基督教団戸山教会。戦災で会堂を焼失した豊島神の教会によって1950年に新しく建てられたものとあるが、建設には戦後になって陸軍用地だったこの土地を接収し米軍住宅として整備したGHQの指示があったとも言われる。

教会は戦後建てられたものだが、その真下の土台には意味深な石組みの建築物が残っている。教会の建物の真下にちょうど半円形を描き小さな窓がいくつも取り付いている。これは陸軍戸山学校時代からあった将校集会所の跡だ。

石組みはさらに奥へと続いていて建物としては結構でかい。戦時中には幾度と無くこの将校集会所の中で極秘の会議が繰り広げられていたとか何とか。今ではそれが教会の地下倉庫?か何かに使われているようだ。中に入れないので何があるのか外からでは判断がつかないが。

陸軍施設の建物をそのままに真上にキリスト教会を建ててしまうという光景がまるでアメリカによる戦後日本への支配を象徴するかのようで、やけに印象的だ。

石組みの将校集会所跡の建物に沿って回りこむとその先には階段があり、幼稚園が併設された戸山教会の玄関に辿り着く。

その階段の前にもコンクリートで完全に塞がれた窓が三つ並んでいる。意味深過ぎてゾクゾクしてしまいますね。陸軍施設時代には一体どういう使われ方をしてきたのだろうか。

階段を上がって戸山教会の玄関へ。横から見るとキリスト教会っぽさが強いが、正面から見ると普通の幼稚園である。

で、中を見るとやっぱり普通の幼稚園。この戸山公園周辺では団地以外に建物がこれしかないのでかなり目立って見える。

戸山教会自体も現役で毎週の日曜礼拝をはじめ様々な集会が開かれている。徳川家下屋敷から陸軍施設、さらにはGHQの接収で米軍住宅が建てられ…という目まぐるしい戸山公園の歴史を物語る建物だ。

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人骨も出る新宿区の秘境地帯!旧陸軍用地「戸山ハイツ&箱根山」探索 (2011年)

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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