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川崎市多摩区菅仙谷の旅 (4) 小沢城址

川崎市多摩区”菅””仙谷”を見下ろす高台に「”小沢”城址」があるという縁起の悪い三連コンボで笑えてしまうが、その小沢城址へ抜ける道がどこにあるのかわからず右往左往してしまった。
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住宅地の途中からちらりと見える、個人の家の脇から伸びる細い裏道の入口。ここが小沢城址への道だった。凄くわかりづらいです…公園としてきちんと整備されている訳ではなく、未舗装の山道しかないのだ。世田谷の小沢邸とは違ってこれはアクセスしづらいぞ。


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恐る恐る小沢城址へ続く山道を登り始める。地面が見えないくらい落ち葉が積もってはいるが、一応道らしい道が造られている。
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山道は途中から竹やぶの中を突っ切る事になる。まるで京都みたいな光景だがここは川崎市の外れである。時折ハイキングついでに通り抜けるおじさんの姿もあるにはあるが、昼間っから不気味な気配が漂う場所だ。
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昔の人は地震があったら竹やぶに逃げれば安全だと言ってたらしいが迷信レベルの話なので真に受けたらダメですよ。地滑りが起こったりしてかえって危険なんだと。
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山道を10分くらい登ると、山頂付近にようやく辿り着く。どこにも標識が置かれていないがここが神奈川県と東京都の境目となる。来た道を見ると「菅仙谷」と書かれた道標が。
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どうやらこの場所が小沢城址である。立派な石碑が立ってますね。
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川崎市による案内看板を読めば経緯を把握出来る。鎌倉時代の城だったというので相当古いものだ。源頼朝の重臣として活躍した稲毛三郎重成の子である小沢小太郎の居城だったと。小沢一郎の遠い先祖だろうか(笑)
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傍らには小沢城址の全体図。全て山の中に隠れてしまいどこに何があったのか全容を把握するのは難しいが、確かに菅仙谷を見下ろしている形になっていた。
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意識しないで見るとただの山でしかない訳だが、確かに昔は城だったような痕跡はわずかに見られる。
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地面を注意深く眺めると古い石で出来た祠の残骸なども残っていて、なかなか廃城らしい風情である。
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一方で現存している祠もあって、そこには地元民のものだろうか、さりげなくお供え物が置かれている。
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小沢城址で最も広い平地を持つ部分はピクニックの休憩場らしくベンチが各所に置かれていた。訪問したのが秋だったので所々紅葉が見られる。
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小沢城主、小沢小太郎が行き来していたと言われる道が、先程の菅仙谷へ続く竹やぶの道とは別に稲城市側の穴澤天神社、さらに京王よみうりランド駅方面に続いている。本来はこっちが城への出入口だったようだ。
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帰りはこっちを通って穴澤天神社の方へ降りて行ったが、結構ワイルドな獣道と化していてスリリングだった。何のオチの出しようもないが小沢城址はこんな感じの場所でした。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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