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【軍都立川】米軍立川基地「キャンプ・フィンカム」の残骸を探しに国営昭和記念公園を歩き倒す

立川の米軍基地「キャンプ・フィンカム」の残骸を求めてやってきた我々東京DEEP案内取材班だが、米軍ハウスがズラリと並ぶアメリカンビレッジの前で管理人のオッサンににべもなく追い返されてどうする事も出来ず、そのまま国営昭和記念公園へとなだれこんできた。

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国営昭和記念公園は昭和天皇在位50年を記念して開かれた公園であるが、その敷地は米軍基地キャンプ・フィンカムだった所に造られている。端から端まで恐ろしく広大な面積を誇っているので、園内散策には貸し自転車を利用するのが賢い。あと入場料400円も必要。


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砂川口から昭和記念公園へ入場する。のっけから広大な森林地帯が広がっている。公園が造成されて30年足らずだが、木々の成長の速さを実感する。この公園の西側一帯は、基地返還後から今の今まで手付かずのまま放置されている。

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砂川口からキャンプ・フィンカム跡地の廃墟との境にある残堀川沿いまで歩いて行く途中の森は「こもれびの丘」などと洒落た名前が付けられている。この森の向こうは確かアメリカンビレッジのはずだが、こちらからでは全く見えない。

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公園の主要部分はごくごく平和な市民生活が繰り広げられているだけで特に我々が首をつっこむような余地もない。立川の街は巨大な米軍基地を受け入れ泥臭い「戦後」の有象無象の過去を消し去り健全なベッドタウン(※南口ウインズ周辺を除く)として成長を続けている。

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しばらくは何もない森の中を突き進む事になる。やっぱり自転車を借りるべきだと後悔するかしないか判断の分かれる所。ここはエコでロハスでスローライフに行く事にしよう。

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脇道からこのような林道を散策する事も出来る。つい30年ちょい前まではこの辺も全て米軍基地だった訳だ。信じられん…

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「こもれびの丘」とやらを抜けるとその先には子供らの遊ぶスペースが開けており変なオブジェな突っ立っている。

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そこには「雲の海」なるふわふわ遊具が広がっており大勢の子供やカップルが飛び跳ねていた。子供連れにはたまらないリア充マンセーな空間であるが我々は足早に通り過ぎるのみ。

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その先が未整備エリアとの境目になる残堀川だ。川とは言っても水は流れていない。堀だけが残ってるから残堀川と言うのだという話もあるらしいがよく分からん。

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この場所から米軍基地キャンプ・フィンカム時代から残る三本煙突の勇姿を眺める事が出来る。朽ち果てたままその場に立ち続ける事30余年。手付かずのまま放置された土地は鬱蒼とした森に代わり多様な生態系を育んでいる。

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煙突三兄弟の手前から順番にドアップで。手前の第一号。先端部が欠けて中の鉄骨が剥き出しになっている。

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真ん中の第二号。綺麗な円柱状を保っているがコンクリートの劣化の激しさは隠せず。

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一番奥の代三号は鉄骨の足場が煙突上部に残されたままになっており他の二つとは貫禄が違う。微妙に姿形の違う三本煙突。さすがに素人がこの中に入る事は不可能であるしそもそも残堀川を跨ぐ事も難しい訳だが、この三本煙突がある建物の内部写真はワンダーJAPAN6号に掲載されている。どうやって中に入ったんだろう。

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残堀川下流となる南側にもまだまだ米軍基地の遺構が見られる場所があるらしい。そのまま川沿いの道を歩いて行く事にする。

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国営昭和記念公園に入園した上で、公園と未整備エリアとの境となる残堀川沿いに歩いていくと、鬱蒼と生い茂る森林地帯にぽつんと巨大な煙突が突っ立っているのが今でも見える。公園北側の三本煙突、それに南側に一本だけ立つ煙突。

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南側の煙突は根元から蔦に侵食されていて今にも森に飲み込まれそうな状態のまま打ち捨てられていた。

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残堀川沿いに歩いてきたが、公園側から見られる米軍基地の遺構はせいぜいこの程度のようだ。あとは基地跡の西端を南北に走る富士見通り沿いから見るくらいしかないが、歩き過ぎて疲れていたので今回はパス。

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ちなみに基地跡の西側には「ランドリーゲート」と呼ばれる洗濯工場の門があったそうで、基地返還後もしばらく近くのバス停の名前に名残りがあったようだが、バス停もいつしか「富士見通り」に改められている。

松任谷由実「LAUNDRY-GATEの想い出」にも唄われている場所で、ユーミンマニアが時折訪れるらしい。

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だだっ広い国営昭和記念公園の中を引き続き歩いて行くと、かなりでかいコンクリートの調整池が目の前に現れる。サッカーコート一面分くらいになるだろうか。

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大雨などで残堀川が氾濫しそうになった時にこの調整池に水がドバドバ流れる仕組みらしい。何もかもスケールがでかい公園だ。

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調整池を挟んだ反対側に出ると真っ直ぐに続いたイチョウ並木。

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秋にはイチョウ並木が黄金色のトンネルと化し見事な景色を見せる。一般ピープルの憩いの場である。ツッコミどころは特にない。

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国営昭和記念公園の西側には米軍基地跡の廃墟があるわけだが、東側には陸上自衛隊立川駐屯地があり飛行場も併設されている。基地の街であることに変わりはないのだ。

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イチョウ並木を過ぎて橋を渡った南側にはレインボープール。夏場にはリア充ファミリーでさぞかし賑わうだろうが、シーズン外なので人がいない。プールの一部は柵の外側にあるので中を歩けてしまう。

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米軍基地の残骸を求めて国営昭和記念公園の中をうろうろしてきたがこれ以上見るものがなさそうなので西立川口から帰る事にした。ボート池ありプールあり遊具ありイチョウ並木ありと多摩エリアを代表する公園の風景は平和そのもので、泥臭い戦後の裏面史の面影はどこにも見当たらなかった。

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ようやく公園を出て青梅線西立川駅へ着いた。砂川口から寄り道なしで歩いてもおそらく20分くらい掛かると思われる。なんとも巨大過ぎる公園だ。電車で来るのであれば大人しくこの駅を使った方が良い。

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松任谷由実(荒井由実)が「雨のステイション」で唄ったのもこの西立川駅。ホームの端から米軍基地用に置かれた廃プラットホームの残骸が見られると聞いていたが、結局よく分からなかった。青梅線は基地の街・福生を通り抜け、東京の奥座敷・青梅、さらに奥多摩までを結んでいる。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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