国道

横浜市鶴見区

忘れられた横浜「生麦」 (2) 生麦事件

「生麦事件」と言えば、横浜開港の歴史の中でも強烈に残る、近代日本最初の国際問題だった訳だが、その事件現場の地には「生麦事件発生現場」が記された看板が建っている。 生麦事件は文久2年、1862年の話。横浜から川崎大師に向かう途中、東海道で騎...
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忘れられた横浜「生麦」 (1) 魚河岸通り

東京と横浜の間にある京浜工業地帯。もっぱら工業都市といったイメージでしか捉えられず、どちらかと言えば見捨てられたような感すら漂う寂寥感たっぷりのエリア。 しかしそんな場所にこそ知られざる都市の一面が隠されているのだ。 我々は再度JR鶴見線...
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【横浜市】昭和5年の駅舎がそのまま残る!鶴見線「国道駅」の最強にレトロなガード下

日本の工業化に伴い京浜工業地帯の物資輸送のため作られた鶴見線。鶴見駅の次にある国道駅は昭和5年に建設された当時そのままの建物が残っている。ガード下建築には今も住居や居酒屋が残り半世紀以上昔の佇まいを見せる。
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