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【港区】おセレブ様の街・表参道らしからぬ昭和空間「都営青山北町アパート」を見る

一流ブランドの専門店やオシャレでセレブなカフェだの何だのが寄り集まる表参道駅からも近い青山通りから少し脇道に入った一帯に「青山北町アパート」という古い都営住宅が残っている。よもやこんな場所に都営住宅が…と言えるような立地である。

表参道交差点から国道246号青山通り沿いを外苑方面に少し歩くと、300メートルほど行った左側一帯にこの都営住宅がある。昭和32(1957)年から昭和43(1968)年にかけて25棟の住宅棟が建設されたもので、実はここが「戦後初の都営住宅」と言われている。

都営住宅の入口にそびえる「港区立青山児童館」。表参道・青山界隈をたむろする高級志向の強い子育てセレブママに蔑まされそうなほどに古びた建物だが、ただですら子供を遊ばせる土地の少ないこの地域の貴重な児童館でもある。この児童館の脇から都営住宅の敷地に入ることになる。

師範学校跡地から戦後初の都営住宅へ

青山北町アパートがある土地がかつてどう使われていたかが団地の入口にあるこの石碑の存在で分かる。戦前にあった東京府青山師範学校の跡地であることを示している。昭和11(1936)年に世田谷区下馬に移転後、校舎は戦災を受け焼失している。

その傍らには随分と古びた石碑がある。碑文には「昭和二十九年十二月 和風同調 青山住宅自治會建之」とある。青山北町アパートの竣工は昭和32(1957)年だが、それ以前の日付だ。都営住宅が建てられるより前にも戦災被災者の為の仮設住宅が建てられていたものと思われる。「戦後初の都営住宅」の重み、伝わりますかね。

そんな青山北町アパートの中を少し散策してみようと思う。さすがに半世紀以上の歴史を持つ団地だけに、敷地内に植えられた樹木の伸び具合の凄さが際立っている。

既に錆だらけになった団地の案内図がその年月を物語る。この看板こそが、この土地が正真正銘の都営住宅であることを示している。東京都都市整備局の管轄でございます。

住民は車停め放題。表参道駅徒歩3分とは思えないレトロ都営住宅!衝撃の住環境

都営青山北町アパートは中央の道路を挟んで南北に合計25棟、併せて500世帯以上が暮らしていた大規模団地である(2018年12月現在では11棟に減少)。これが表参道駅徒歩3分の位置にあるのは驚愕だが、現在は団地の南側半分が建て替え工事のために解体されており、様子が変わっている。

団地の構造はエレベーターのない5階建てのボックス型か階段室型、もしくは4階建ての片廊下型である。建設時期も違えば団地の形もそれぞれ微妙に違っている。例外なく老朽化が激しく住民の高齢化も著しい。

古い団地ならだいたい置かれている、所謂ダストシュートも青山北町アパートには各棟にバッチリ完備。子供が落下する事故が後を絶たないという安全上の理由から現在は日本の団地ではどこのダストシュートも投入口が塞がれていて使われていない。

本来なら周りと同じくバカ高い賃料で入居する意識高いカフェやらブランドショップだので埋め尽くされるような地の利だけにこの風景は衝撃である。もし民間に土地売却を行ったら引く手あまただろう。しかし団地の建物はもちろんチャリンコ置き場まで昭和仕様、児童公園は誰も遊んでいる子供がいない…

団地のベランダを見ても、空き家もしくは洗濯物が干された部屋でも独居老人としか思えない雰囲気だったりと随分くたびれた雰囲気が充満している。

戦後の痛手から立ち上がったばかりの時代にあって、かつては綺麗に芝生が敷き詰められ文化的な佇まいが見られたであろう団地の裏庭も今ではどう見てもジャングル状態である。

そして当然ながらこうした土地は住民の私物が置かれるなど不法占拠もしくは不法耕作、不法投棄のオンパレードになっている。しつこいですが、表参道駅のすぐ近くでこれですよ?

そしてこの団地、意外と自家用車所有率が高いらしく団地の敷地にはあちこち自動車が止められているのが目に付く。それもやけにオラオラ感漂う黒のセダンが目立つ。

しかもナンバーはゾロ目という“都営住宅あるある”な光景。ここは決して足立区などじゃありません、港区北青山三丁目です。

東京の都心、しかも表参道という超一等地にあるこれだけの土地をざっくばらんに使っちゃっている凄さにも呆然だが、青山なんぞで普通に駐車場を借りたら月4万は下りませんよ。しかし自動車にせよバイクにせよあちこち路駐が目につくのは何だ。もうちょっとどうにかならんのかい。

この青山北町アパート、解体された団地の南半分の土地に来年2019年を目処に20階建ての高層棟が建設されることになっているが、一方で団地の北半分に広がる、おおよそ昭和40年代に建てられた団地の北側半分(14~24号棟)は現存している。

解体されて無くなった青山北町アパート1~13、25号棟

2017年初旬頃に解体されてしまった団地の南半分の写真を2016年春に撮影したものが手元に残っていたのでご覧いただこう。1号棟から13号棟、そして25号棟までの14棟が解体済みになっている。

団地のベランダを見ても洗濯物を干しているお宅がわずかにあるだけで、他は空き家が目立っていた。解体工事が間近だったので、先に退去した住民も多かったことだろう。

とある住居棟の共用部分。「戦後初の都営住宅」の風格十分過ぎる佇まいである。昭和32(1957)年築であれば60年オーバー物件ということになる。そんなに長い間、お疲れ様でした…

郵便ポストを見れば、8世帯中3世帯は受け口がガムテープで塞がれていた。元の住民は高齢化の末、居なくなったまま放置という流れか。

こちらの大きな給水塔と周りにあった4階建ての住居棟も今では跡形もなくなっている。残る北半分の11棟も解体され、オフィスビルなどに生まれ変わるらしい。

20階建ての都営住宅に建て替えられる青山北町アパート

北青山三丁目地区まちづくりプロジェクト」において、都営青山北町アパートの南半分の区画は20階建ての高層都営住宅に保育園や児童館に加えて「民活事業区域」が設定され、民間事業者が入ることになるらしい。表参道駅最寄りの奇跡の昭和空間は、平成の終わりに姿を消す事になるのか。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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