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江東区東陽町に吉原に次ぐ東京第二の遊郭があった…赤線地帯・洲崎パラダイスの街「深川洲崎弁天町」を歩く 

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洲崎遊郭跡は殆どがマンションやアパートが立ち並ぶごく普通の住宅街に姿を変えてしまっている訳だが、戦後の赤線地帯として遊郭の東側に開かれていた「洲崎パラダイス」の敷地には、今も数える程だが、独特のカフェー建築が残る場所がある。

まずは洲崎の大門通りから。東側の一部分は「東陽弁天商店会」というちょっとした商店街になっていて、アーケードも掛かっている。

洲崎に残るカフェー建築で最も目立つのがこの大門通りに沿った商店街の角地にある一軒だ。1階部分は今でも八百屋や魚屋などが入居して、商店街の一部となっている。

建物自体に気がつかなければただの商店でしかないわけだが、2階部分を見ると明らかに独特な作りをしている事が分かる。色街らしく建物も華やかに見せる為に外壁には色とりどりのタイルや装飾、灯りが用いられる。

戦後のカフェーと呼ばれる特殊喫茶店は、GHQの指令により「民主主義に反する」として公娼制度の廃止が通達された後、洲崎などの全国の遊郭が生き残る為に特殊喫茶に鞍替えし営業を続け、警察もまたそれを許可し、指定地域を赤い線で囲って特別にお墨付きを与えたものだ(赤線という言葉はここから来ている。許可がないものは「青線」)これでGHQには「あれは遊郭ではない、喫茶店なのである」と言い訳ができた訳だ。

賭博禁止の日本におけるパチンコ屋の三店方式と似たようなもので「店では賭博行為はやってません」というような解釈を思い起こさせる。

2階部分。屋根の丸いアーチの中央には看板を掛ける為の額縁が残っている。ここに遊郭の屋号が入っていたのだろう。

カフェー建築の一番右端はカツ丼屋が入っていた。

建物が建って既に半世紀以上が経過しているが色褪せない鮮やかな青色のタイルが個性を放っている。

洲崎パラダイスに残る建物でもう一つ注目すべきものが「大賀楼」の跡、今でも使われている2階建ての家屋だ。先程の商店から東へ入った所にある。

大賀楼は現在なぜか共産党事務所に使われているのだが、2階部分を見ると今でも「大賀」の屋号が掲げられている。後で知ったのだが大賀と書いて「タイガー」と読ませたそうだ。

大賀楼は洲崎パラダイスでも一等の店だったらしく、今でも十分に建物の立派さが窺える。

あともう一軒残る赤線建築は、今では完全に普通の民家となってしまっている。よく見ると玄関口の両側に埋められた玄関が見える。赤線として営業していた時は3つの玄関を持っていたのだ。

戦後から昭和33(1968)年の赤線廃止まで、洲崎パラダイスには220軒のカフェーが密集し、800人もの「給仕」がいたのだそうだ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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