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限界マイホーム・埼玉県寄居町「磯村建設」の分譲地

以前、我々DEEP案内取材班は「限界マイホーム」と題して、昭和の好景気期に作られたとんでもない場所にあるニュータウン分譲地を姉妹サイト「大阪DEEP案内」で紹介した。大阪まで片道2時間、マチュピチュ遺跡の如く隔絶された山の頂上にそびえる孤高のニュータウン、延々山を降りて行かなければならない「茨木台ニュータウン(亀岡市見立地区)」の衝撃は記憶に新しいが、似たようなマジキチ物件は関東にも存在した。

やってきたのは東京・池袋から東武東上線で延々と1時間半近く電車に揺られた場所にある「男衾(おぶすま)」という聞いた事もない名前の駅だ。東上線と言えば貧民御用達路線として板橋区や埼玉南西部の貧乏臭い街を貫いている地味な沿線だが、辛うじてベッドタウン扱いである東松山から先の未開地帯を奥まで進んでいくとこの駅がある。

この男衾という駅の存在を知ったのは「磯村建設」という今は倒産して消滅した不動産会社による分譲地の懐かしCMがyoutubeに放流されているのを目にした事がきっかけだった。それが以下のCMである。

間の抜けた音楽とともに「恵まれた環境、ひろーい庭の土地付き一戸建て住宅、月々のお支払いも家賃並み」などと次々白々しい宣伝文句を謳う磯村建設。「電話!サンヨンサン!ヨンキューイチイチ!磯村建設 ちゃんちゃん」と耳にタコが出来るまで観て聴きまくった我々取材班。
「池袋から直通81分東武東上線男衾駅徒歩19分」都内通勤時間合計片道100分の埼玉の外れのド田舎分譲地を夕時のお茶の間でバンバン広告費を投入してテレビCMを流しまくっていた時代がたった四半世紀少し前に実在していたのだ。信じられない。

間抜けな懐かしCMに触発されて実際に男衾駅をこの目で見たくなった取材班、早速現地に赴く。期待通りの原始的な田舎駅舎が我々を出迎えてくれた。この磯村建設が分譲地を開発しまくっていたのが男衾駅と隣の鉢形駅が最寄りの埼玉県大里郡寄居町一帯。東京からは片道70キロ圏である。

現在の男衾駅からは池袋方面への直通電車は運行されていない。全て途中の小川町駅までしか行かない東武亀戸線ばりのしょぼいワンマン車両が終点寄居駅との間を1時間2~3本間隔で運行しているのみ。

駅の時刻表を見ても「TJライナー」はこの男衾駅までやってこない現実は変わる事がない。池袋から小川町行きのTJライナー使用でようやく1時間15分程度で来れるのが東上線の限界。磯村建設の分譲地を買ったサラリーマン世帯は今でもこの電車で毎日池袋に通勤しているのか?まさか。

運賃表が池袋駅までまっすぐ書かれている所に、ここが東上線の一部である事を認識する。東上線の「上」は上州の意味で、本来群馬県方面に延伸するつもりだったらしいが寄居町で中途半端に線路が終わっているあたりも何だか物悲しい。

駅の券売機の上にツバメの夫婦が巣作りに励んでました。こいつらなら池袋までわざわざ長時間通勤しなくても生活していけるよね。気楽だよね。もしも鳥なら空を自由に飛び回りたいよね。

駅前には申し訳程度に自転車置き場があり地元の学生連中が通学の最中だったが、恐らく川越あたりに出るとか寄居から秩父鉄道で熊谷に出るとかその程度のレベルであろう。ここから池袋まで行くだなんて想像がつかない。頻繁に送迎車が来てスーツを着たサラリーマンも駅の改札に入っていくが、この人達はどうなんだろう。

駅前には小さな居酒屋や潰れかけたようなスーパーが一軒ある他は地元の不動産会社が看板を出しているだけ。「男衾(おぶすま)へようこそ!!」わざわざ振り仮名打ってるじゃん。いかにもダサイタマな地名だと思われるが、かの華々しき東急東横線自由が丘だって駅名の変更が無ければ「衾駅」のままになってたかも知れないんだぞ。

駅前に近い場所にある平屋建ての簡素な事務所の建物。今では別会社が入っているが、この建物の上部に磯村建設の看板の文字がくっきり残っている。これが男衾に磯村建設が確かに存在していた事を示す唯一の証拠となっている。

磯村建設の分譲地は複数のテレビCMで紹介されている「ひばりヶおか」「柏田ニュータウン」「めじろ台」をはじめ何ヶ所かあるらしい。ネット上で情報が出ている住所をピックアップして向かってみる事にした。途中の車窓風景がこれ。本当にド田舎以外の何者でもない。

途中で買い物する場所にも困りそうなくらいの田舎だが、やおよしというスーパーが一軒あった。いかにも地方の鄙びた風景のひとコマだ。だが男衾にも群馬勢のベイシアが近年男衾駅西側の国道沿いに進出してご立派な店を構えている。

とんでもない田舎なので人工的な分譲地らしき区割りの住宅街もさほど多くなかろうと狙いを定めて何ヶ所か向かった訳だが、まずは男衾中学校北側の一帯…ただの住宅地でしかなかった。

次いで、駅西側の比較的大きめの分譲地…やはりそこにもヒントの欠片も見当たらない。第一この磯村建設という会社は昭和60(1985)年に早くも破綻して会社が無くなっている。「ひばりヶおか」といった名称も消えてしまい、他の分譲地と見境が付かなくなっているのが現状だ。

もうどうにも分からない…脳内のわだかまりが糞詰まりのようになってイライラしてきたが対処しようがないので、中途半端なまま男衾の地を離れるしかなかった。うんちの出るすごいお茶あります。ああスッキリしてえな。ぶりぶり。

あと磯村建設の分譲地とは無関係と思われるが、男衾駅から5キロ程東京方面に行った小川町靭負(ゆきえ)地区には山を切り開いて作られた大規模なニュータウンが頓挫して空き地状態のまま放置されていた「ひばりが丘」という地区がある。

現在このひばりが丘地区は分譲地だった土地を本田技研工業が購入、大部分を更地にして埼玉製作所小川工場を開設している。かなりご立派な新工場だった。つい最近出来た工場らしく、グーグルマップの航空写真で該当箇所を見ると作りかけのニュータウンの区画がまだ残っているのが見られる。

まだ鉄道が通っているだけ「茨木台」よりはマシかなと思うけど、実際に来てみたら東京へ通う距離ではない事は明らかに分かるだろう。バブル期って色んな意味で感覚が狂ってたんだなあ。結局磯村建設の手掛かりは何もわからずじまいだったので、我々取材班が参考にした先人達のレポートをリンクしておく。どなたか真相究明してください。

参考ページ
磯村建設・ひばりヶおかを探しに、男衾に行ってきた
でんわ 343-4911 磯村建設の分譲地は今…

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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