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【浅草新吉原】日本を代表する巨大遊郭の現在…「吉原」を歩く(2010年)【台東区千束四丁目】

大御所徳川家康の没後、江戸の端くれの荒れた葦原に「吉原遊郭」が築かれて400年、今も昔も変わらぬ歴史の系譜を辿る吉原に集まる特殊なお風呂屋さんの数々、その店舗数は約150あると言われる。東京ドーム2個分の土地がまるまるその手の店で占められているという凄まじい状態の解放区、それが現在の台東区千束四丁目「吉原」である。最盛期には250店舗あったそうだが、不況の影響か取り締まりのせいか知らぬが数は年々減少傾向にあるとか。

広大な吉原のお風呂屋さん街を「江戸町一・二丁目」「揚屋町」「角町」「京町一・二丁目」という昔の町名で6つに区切ると、最も華やかさが際立つのが江戸町一丁目の「江戸一通り」、大門跡地を過ぎて最初の角を右に曲がった先の一帯だ。通りの片側だけだが、派手な外観が目立つ中~高級店クラスの店舗がびっしり隙間なく埋め尽くしている。

夥しい数の風俗店の看板が軒を連ね、昼間からでも各店舗の前にはスーツ姿のボーイが客の来場を手薬煉引いて待っているのだ。頻繁に止まる車は店舗の送迎タクシー。どれも後部座席が見えないようにスモークガラスが貼られている。

もっとも昔は送迎タクシーもリムジンだのセンチュリーだのキャデラックだのプレジデントだの、息を呑むような超高級車が多かったらしいが、今では大衆車も増えて、良くてもせいぜいクラウンあたりである。

風俗店の建物がギラギラと存在感を放っている正面には吉原公園がある。どう見ても子供が立ち入りしてよさそうな場所でもないが、ちゃんと児童用の遊具も置かれている。中でたむろしているのはオッサンばかり。ここも元々は吉原三大妓楼の一つである「大文字楼」が建っていた。吉原公園の前には旧町名由来案内の看板が立つ。元の地名は「浅草新吉原」。ちなみに千束という今の地名は、吉原遊郭以前の古い地名だとか。

吉原公園の隣には、なぜか何年も放置されたままの怪しい空き地が残っている。公園用地として確保している訳でもなさそうだし、敷地に入れないよう道の両脇に囲いがつけられているだけ。場所柄だけに土地関係がややこしいんだろうか。

道の終端に古い石畳の階段が残る。遊郭が現役だった時代にはここが郭の端にあたり遊女の逃亡を防ぐ為の堀「お歯黒どぶ」が張り巡らされていた。

お歯黒どぶそのものの遺構は吉原公園入口部分に僅かに残る石垣以外は残っておらず、現在でも残る痕跡で辛うじて分かるのが、お歯黒どぶを境に郭の内側に盛り土が施されている事だ。田圃のど真ん中に街を新しく作った為、周囲より一回り高くなっているのだ。石段が残っているのはこのためである。

空き地だらけでスカスカの怪しい土地の向こうには「角えび本店」の建物が見える。言わずと知れたソープランド大手、吉原はもとより東京各所に店舗を構えていて、宝石業やボクシングジムまで経営していてすこぶる多角的。

吉原に角海老グループの店舗はこの本店と三浦屋の二ヶ所がある。「角海老配送センター」の偽装案内所事件で摘発を受け一時は休業に追い込まれていたものの、久しぶりに来てみると何事もなく営業を再開していた。

角海老という屋号は江戸時代の吉原では最高級の妓楼である「角海老楼」に基づいている。かつての角海老楼は仲之町通りと京一通りの角に建っていたそうだが、現在その場所はマンションになっている。ちなみに現在の角海老グループは名前だけ使っていて、昔の角海老楼とは全くの無関係だという。

そんな角えび本店の建物脇から路地裏に入り込む。店の横には大量の「コンパニオン募集」の立て看板がずらりと並んでいて見た目に異様。

江戸一通りの裏にもびっしりと風俗店が軒を連ねている他、曰くありげな古いアパート風の建物も残っている。そして「ふるさと日の出」の看板。アパートなのかドヤなのかそれとも…

傍らにはどう見ても廃業しているようにしか見えない、元風俗店らしき建物も放置されている。玄関横の巨大なガラス窓がかなり怪しい。スモークフィルムでも貼られているのか、窓の中が真っ黒で中が見えない。

路地裏の掲示板は様々な人間の欲望と怨念が渦巻くカオスな落書きコーナーと化していた。いやあ、どう反応していいのやらさっぱりわかりません。

江戸一通りと揚屋町通りの間の路地。この付近は比較的高級~中級の店が多い。江戸町は江戸の業者が多かった事、揚屋町は花魁(高級遊女)の仲介を行う店(揚屋)を一ヶ所に集めて並べていた事が地名の元となっている。

吉原での遊びも高級店になるとバブル期には10万円以上の店舗も当たり前だったらしいが、今ではせいぜい8万円程度が上限だという。デフレの波はこの業界にも容赦なく押し寄せている。

「江戸一通り」を一通り見た後は再び仲之町通りまで戻り、反対側の江戸町二丁目「江戸二通り」に入る。

江戸町二丁目は元吉原成立当時に駿河国(今の静岡県)の駿府城下にあった遊郭が一部移転して出来たものという。駿府城は徳川家康晩年の隠居地である。家康公認の七ヶ町にも及ぶ大遊郭があった訳だが、家康亡き後の駿府からそのうち五ヶ町が移り吉原遊郭の基礎となる。(駿河に残った二ヶ町が「二丁町遊郭」となった)

吉原遊郭の大元は実は静岡にあったとは意外。

明暦の大火後に現在地に新吉原が成立した時、江戸市中の遊女屋を取り締まり一ヶ所に集めた際、地方から移ってきた遊女の中には京都伏見の墨染遊郭、大阪堺の乳守遊郭の出身者も多かった為、江戸町二丁目の一部に伏見町と堺町が新たに設けられた(堺町は二度目の吉原大火で消滅)。

「江戸二通り」は江戸一通りと比べると店舗も少なく活気に乏しい印象がある。角海老グループの三浦屋がある他数店舗並んでいるが、空き地や駐車場、普通のマンションやビルが多い。

江戸二通りには「レディスビラ」と書かれた、ちょっと変わった施設が数カ所見られる。場所柄を考えるといかにもな印象がするのだが、やはり吉原で働くソープ嬢を対象とした女性専用ビジネスホテルだそうだ。

この界隈に4館117室を構える「レディス・ヴィラ」。一泊からでも利用出来るが、部屋にはキッチン完備だったり、あくまで長期利用客に照準を合わせたウィークリーマンションに近い施設となっている。他にも宅配便の受け取り代行サービスがあったり、子供連れOKだったりする所も特徴的。

吉原のソープ嬢だけでなく、旦那から逃れて家出するなど訳ありの女性が駆け込み寺的に使う事も多いようだ。

路地に入るとさらにレディス・ヴィラの2号館がある。傍らには「貴方とお荷物お運びします」と書かれた引越し業者の張り紙まである。物凄く訳あり臭が漂うのであるが、吉原は昔も今も女の街なのだ。

「女性専用」と書かれていても東急沿線の浮かれお洒落スイーツとは真逆の女性街である。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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