東京都/千代田区

東京都千代田区ってどんなとこ?

概要

ここが日本の中枢、東京都千代田区。皇居と向き合う東京駅

東京都千代田区 人口 63,893人(2019年2月現在)

日本の中枢機能を据える東京の中心「千代田区」。その中央に皇居を構え、傍らには国会議事堂、霞が関官庁街などの国家中枢が出揃い、さらに皇居の周囲には丸の内、大手町、日比谷、麹町、番町、九段下、神田といった東京の中心中の中心たる街が配されている。まさしく23区中のキングオブキングたる存在が千代田区であり、住むにはとても畏れ多い街なのだが、こんなところにもタワーマンションが徐々に増えだしており都心回帰傾向が強まる中、人口も伸びている。

バブル期の1995年には一時期3万5千人を割り込んでいた人口も現在ではその1.8倍、約6万4千人にまで増え、今もなお増加中。全国の地方から上京するエリート意識丸出しの富裕層にとっては最高の憧れをもって移り住む土地でもある。

しかしそんな千代田区にある地域の殆どがオフィス街ばかり。サラリーマンの街・神田や電気街・秋葉原、古書の街・神保町、どの地域もまともなスーパーを探すことすら難しい。最も居住者が多いのが、東京の三大名門公立校の一つに数えられる番町小学校などがある番町地域で、その他の地域はタワーマンションの新住民か、先祖代々から暮らす土着民に限られる。

地理・環境

国会議事堂のある永田町一丁目にも一昔前までは住宅地があった

東京都千代田区は皇居を中心とした東京23区のほぼ中央に位置する地域で、皇居のある千代田、東京駅と大企業のオフィス街が密集する大手町、丸の内、有楽町。官庁街と国会議事堂のある霞が関および永田町、エリート住宅街の番町、靖国神社や朝鮮総連中央本部がある九段下・富士見、それから神田駅、秋葉原から神保町あたりまで含まれる神田エリアに分けられる。

番町地区を除けば殆どがオフィス街や商業地区ばかりで、あまりにド都心過ぎるが故に「住む土地」としての機能はかなり失われている。そもそも千代田区自体は旧麹町・神田両区だった時代、戦前の関東大震災による深刻な被害を受けそれまでの住民が城西・城南とも呼ばれる大田区・世田谷区・杉並区といった郊外部に移り住むなどして空洞化しており、かの与謝野鉄幹・晶子夫妻も関東大震災後に現在の富士見二丁目から杉並区南荻窪に転居している。

住環境としてこの土地を見てみると、皇居とその周辺の皇居外苑、北の丸公園、日比谷公園といった広大な緑地帯もあるなどして殊の外自然環境には恵まれているものの、タワマンに移住するファミリーが子供を遊ばせるような環境というよりは首都の中心街としての威厳を思わせるものであり、気の利いた激安スーパーなんぞもない。逆に都心過ぎる事で感じる不便も多々あるだろう。

しかし千代田区は子育て政策を拡充し、認可保育園の保育料の補助や23区で唯一高校三年生(18歳)までの医療費を無料にするなどを行っている。(北区も18歳まで補助はあるが、入院医療費のみ対象)地価がべらぼうに高い千代田区だが、そこでの生活が維持できるような高所得者世帯が“住みたくなる街”作りに自治体自ら施策に余念が無い。まさしく“勝ち組”に選ばれる土地である。

また旧神田区に属する千代田区の東部は山手線から大きく外にはみ出た地域も存在する。概ね秋葉原・神田両駅から徒歩圏内だが 、こちらは土着的な下町臭さも兼ね備えた地域でもあり、ド下町の代名詞「台東区」と区境を接しているあたり「お察し下さい」な感じすらある。また近年惜しくも解体された今川小路のガード下飲み屋街なんぞはよもや千代田区にこんな場所があろうとはといった驚愕を覚える。

交通

猪瀬知事時代の功績の一つとされる九段下駅ホームの撤去された「バカの壁」

東京23区の中心にある「千代田区」、その区内の交通網は主に地下鉄が担っている。まず東京駅とその周辺には地下鉄丸ノ内線、千代田線(二重橋前)、東西線、半蔵門線、都営三田線(大手町)が走り、官庁街・霞が関周辺には地下鉄日比谷線、銀座線、有楽町線、古書街・神保町には都営新宿線も走っている。

この中でも特に地下鉄丸ノ内線は千代田区のほぼ外周部に沿ってコの字状に地下鉄網が配されている。池袋と新宿・荻窪・方南町を結ぶ路線だが、東京の主要な地域を巡るこの丸ノ内線が千代田区民の足としては最有力であろう。その他の路線は概ね郊外からの通勤客の移動手段である。

また健康意識の高い一部の住民の間では「皇居ランナー」と化して皇居の周りをグルグル周って走るのがトレンドとなっているので、その気になればむしろ電車など使わず全て徒歩で移動することも可能であろう。裏を返せばそれだけ千代田区自体が狭いという事でもある。

住民の気質・傾向

江戸三大祭り・神田祭で有名な旧神田区の総鎮守「神田明神」

東京のド都心「東京都千代田区」は概ね二つの地域に分けられる。旧麹町区と旧神田区だ。前者は日本の中枢機能を備える永田町や霞が関を目前に、我が子を東大に入れてエリート街道に進ませようとする教育ママに人気の根強い“日本一地価の高い住宅地”番町地区が含まれるが、後者は江戸時代から“ちゃきちゃきの江戸っ子”が世代を超えて息づくひたすら土着的な東京の下町である。そんな下町のランドマーク・神田明神で行われる「神田祭」は江戸三大祭りの一つに数えられ、同じ千代田区内の山王日枝神社の山王祭、または門前仲町にある富岡八幡宮の深川祭、浅草の三社祭などと並ぶ存在である。

どうしても一般的な不動産人気に基づく「住みたい街ランキング」ではいかにもな感じのある吉祥寺だの中目黒だの、東京南西側の街ばかりが挙げられるし、児相建設問題に絡んで選民意識甚だしい住民の醜態で話題となった港区南青山といった地域など、そうした浮つきぶりとはまるで無縁な「孤高の存在」であり続けるのが千代田区民。都心回帰で人口が増えたとは言え僅か64,000人という数はまさに「選ばれし民」といった感覚である。特に高級マンションが容赦なく立ち並ぶ番町・麹町には中途半端な憧れやちょっとやそっとの収入では住む事などかなわない。

千代田区にはこんな街がある

JR山手線沿線

首都東京の玄関口たるターミナル東京駅は終日利用者がごった返す

東京:新幹線・在来線、あらゆるJR各線が集まる首都東京の玄関口。丸の内側に出るとエリート志向強いシャレオツ高級オフィス街が広がり田舎者が圧倒される事必至。しかしガード下を見れば戦後の風景そのまんま、ボロ汚い路地に夜鳴きそばの屋台とホームレスが寝転がる都市の闇も垣間見える。
有楽町:西新宿に移転した都庁の跡地に東京国際フォーラム。第一生命本社ビルにGHQ本部があった頃の戦後の敗戦ムード満載“ラク町”の街並み再現ぶりは映画「肉体の門」をご覧あれ。新橋駅方面のガード下通路「西銀座JRセンター」、未だにあるっぽいっすね…
神田: 首都の玄関口東京駅のすぐ隣なのに信じられないほどの猥雑ぶりを見せるサラリーマンの街。一部非戦災地区のため銅板葺き建築が数多く残る。戦前から残る赤レンガガードや東京最初の近代下水道・神田下水など都市遺産も豊富だが、戦後のドサクサ的ガード下飲み屋街「今川小路」は解体。
秋葉原:言わずと知れた日本を代表する電気街およびヲタ街。かつては神田青果市場を中心に電気器具を取り扱う業者が集まる玄人向けの街だったが今では歴史を感じるガード下の電気屋街にも怪しい外国人の携帯屋が多数。2008年6月に起きた無差別殺傷事件の記憶も薄れゆく。

JR中央線沿線

お茶の水橋から秋葉原方向を望む、東京特有の都市風景(2011年)

御茶ノ水: お茶の水橋からの眺めは山の手と下町の境目がくっきり。日大、明大、駿台予備校が集まる学生街でもあり駅前は楽器街。世界の拷問器具が実物展示される明治大学博物館は目黒の寄生虫館と並ぶサブカル上京民垂涎の地。
水道橋: 千代田区側は古書街神保町の延長線上にあり学生向けの食い物屋や怪しげな本屋もちらほら見られる“年頃の男”臭い街。渋谷区と勘違いされがちな猿楽町は2018年に町名が「神田猿楽町」に変更される。
飯田橋: 婚期を逃した30・40代女子が必死の形相で恋愛祈願をしまくるパワースポット東京大神宮。千代田区屈指の40階建てタワマン完成後は人口急上昇。余裕で億ションですが、隙間に人が落ちる事故が絶えない総武線ホームは悪評高く、目下の所ホーム移設工事中。
市ヶ谷: ご存知防衛省のお膝元。都心とは思えない牧歌的風景、釣り堀「市ヶ谷フィッシュセンター」は健在。日本一地価の高い住宅地こと番町地区はこちらが最寄り駅。
四ツ谷: お受験ママが必死な学習院初等科と迎賓館は千代田区外。麹町口を出るとキリスト教系“ソフィア・ユニバーシティ”こと上智大学。 毎年桜のシーズンには外濠公園がどんちゃん騒ぎの学生でカオスな事態に。法政大学は学生の“花見禁止”を通達。

地下鉄各線沿線(旧麹町区)

下手な大使館よりも警察の警備が厳重な朝鮮総連中央本部

大手町・二重橋前: 東京駅至近の一大オフィス街。東京最強の祟りスポット「平将門の首塚」 は度重なる開発に晒されても決して手付かずのまま。皇居一般参賀も行われる二重橋前は日常的に中国人観光客が押し寄せる。
日比谷: 都心のオアシス日比谷公園。霞が関官庁街と隣接しているロケーションのせいか頻繁に左翼団体のデモ集会が行われ香ばしい風景が見られる。2008年末の「年越し派遣村」では公園内で炊き出しが行われ野宿者のテントが園内に乱立。
霞ヶ関・桜田門: ここも言わずと知れた日本政府の各省庁が一同に集う官庁街。 裁判所も含め何気に一般人も立ち入れる省庁も多く、日本の農政を司る農林水産省の食堂はさすがの事か定評が高い。
国会議事堂前・永田町・溜池山王:国会議事堂や内閣総理大臣官邸などがある日本の政治の中枢を担うエリアであり1995年の地下鉄サリン事件では霞が関官庁街と共にテロの標的となった。永田町一丁目、旧三年町には数年前まで普通に戸建住宅があり住人が暮らしていた。
麹町・半蔵門:民放・日本テレビの古巣。麹町から全国放送されていた「ズームイン!!朝!」を知るのはもれなくオッサン。サブカル関係では著名な都築響一氏の自宅ビルがある。
九段下:毎年の建国記念日と終戦記念日には多くの参拝者と香ばしい右翼団体が集まる靖国神社。その裏手には国交のない北朝鮮の実質的な“大使館”扱いされている朝鮮総連中央本部があり警察官の警備体制の厳重っぷりに呆然。右に左に忙しい街だ。

地下鉄各線沿線(旧神田区)

東京駅徒歩圏の伝説的ガード下飲み屋街「今川小路」も消滅

神保町:ご存知、極東アジア最大級の神保町古書街を抱える街。カレーの激戦区としても知られるが印象強いのは廃業したオンボロゲーセン「ミッキー」と解体されて消えた戦前建築「九段下ビル」の存在か。
竹橋:皇居の北側に地下鉄東西線のマイナー駅。WaiWai反日変態記事騒動で右翼団体のシュプレヒコールに晒された毎日新聞社の本社が入る昭和のレトロ建築「パレスサイドビル」が駅前唯一のランドマーク。
小川町・淡路町・新御茶ノ水:火事で建物が全焼して建て替えた老舗のかんだやぶそばが有名な千代田区の“粋な下町”。靖国通り沿いはスポーツ用品店がズラリ。ここでも都営地下鉄は駅名表示が不親切。東武東上線の小川町と混同注意。
岩本町:都営新宿線ユーザーにとっての「イコール秋葉原」。駅周辺はコンビニがデイリーヤマザキだらけ。山崎製パンの本社があり市川駅前と並ぶ同社の本拠地。
末広町: 秋葉原電気街の外れに地下鉄銀座線の駅が。道端を歩く気の弱いヲタ男を狙う“エウリアン”の店舗ギャラリーにご用心。

千代田区に関係する何かを適当に並べた

昭和の東京 3 千代田区 (加藤嶺夫写真全集)
江戸・東京 歴史の散歩道―江戸の名残と情緒の探訪〈2〉千代田区・新宿区・文京区 (江戸・東京文庫)
文人たちのまち 番町麴町
千代田区の今昔―麹町区・神田区 (復刻古地図戦前の東京シリーズ (1))
路地を抜けると―神田

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