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代田橋駅至近、忘れ去られた下町商店街が沖縄タウンに?杉並区「和泉明店街」界隈を歩く 

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この和泉という街、確かに住所は杉並区なのだが、ザ・杉並とも言えるコアな中央線エリアとは全くかけ離れていて雰囲気もかなり違う。最寄り駅が既に世田谷区だったりするのだが、かといって世田谷の一般的にお上品そうな東急沿線のイメージとも違う。

言わば文化空白域のような存在で、良い意味でも悪い意味でも古い下町のまま何も変わっていないというのが率直な感想である。

人口増加し続ける東京で、人々は電車を主な生活の軸足に移し、新宿や渋谷の駅前にあるオシャレなエキナカやデパート、大型ショッピングモールにしか出向かなくなった。コマーシャリズムに洗脳され、オシャレな東京でスイーツ(笑)などと抜かす脳みそのふやけた現代人が消費社会の主役に躍り出てからは、旧態依然としていた古い商店街群は人の気配が消え、次々と消滅の危機にある。

絶えず人がごったがえす新宿や渋谷の駅前、そこから場合によっては徒歩圏内ですらある古い商店街群。同じわずか5キロ圏内で起きて居る事なのにこうも明暗が分かれるとは皮肉なものである。

そこで「沖縄タウン化」という和泉明店街の試みは商店街の旧態依然から抜け出す切り札でもあったわけだ。

和泉明店街が「沖縄タウン」として再出発してから、4年目になる。

一通りはメディアにも取り上げられ商店街再生の一例として各地から注目を浴びたようだが、それが完全な成功かどうかというと、相変わらずのシャッター群を見ても微妙だと判断せざるを得ない。

しかし商店街の沖縄タウン化に参画した団体の中の人曰く「沖縄タウン化してなかったら今頃この商店街は存在してなかっただろうね」と。

和泉明店街の場合は当事者が危機意識を持って街を変えようとした結果の出来事だから本当に稀なケースであるが、皮肉なことに東京各地では例えば池袋みたいに勝手に中国人が増えまくって中華街やりたいアルヨと主張する中国人店主の従来の日本人店主とがいさかいを起こしていたり(→詳細)、新大久保に行けばほとんど韓国領と化しているなど色々カオス。

街を守るということはそれだけ大変なのだということである。

古い下町でしかない杉並区和泉は特定アジア的喧騒からは程遠く、ひっそりと地元民とニューカマー沖縄人店主が暮らしている静かな佇まいを見せる。

何気に沖縄の地元紙「琉球新報」の古新聞が置かれていて「ご自由にお持ちください」と書かれた旅行会社のブックスタンドに掛かっていた。ある意味、沖縄と東京の接点としては最先端を行っているのかも知れない。

もう一軒、何の変哲もない中華料理屋に沖縄メニューが置かれているのを発見。もう何年かするとそれなりに馴染んでくるのかも知れないが今の所どう見ても「商店街が沖縄やりたいっていうからうちも沖縄料理始めたよ」感が抜けていないので笑える。

街の電気屋さんもいっそのこと沖縄にちなんで「ゴウヤ電器」にしてみたよ!って狙っているのかいないのかよくわからないネーミングだが調べてみたら本当に「合谷電器商会」というお店です。凄いです。マジ偶然の一致です。

和泉明店街をさらに進むと、やはりシャッターを下ろしたままの店が目立つ。商店街の入口に立つゲートや看板、さらには歩道橋の整備などかなり本腰を入れて商店街再生に取り組んではいるが、元からの店主の多くは高齢化しており体力的に付いていかなかったりして次々店じまいしている。

正面の電気屋も営業している気配がない。ちょこんと置かれた電池の自販機がやたら年代モノだが勝手にピースボートのポスターが貼られている。

ゴーヤだったりテトラだったり変なネーミングの電気屋が多いな。

電気屋テトラ商会を左折すると、これまた年代モノの「ゲームセンターIZUMI」を見る事ができる。インベーダーゲームとか置いてそうな気配すら漂わせている。この界隈は世田谷でも杉並でもない独特の時間が流れる純朴な下町だ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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