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高級料亭とTBSとコリアタウンの「赤坂」 (1)

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政府官庁街に程近い港区赤坂は、銀座と並ぶ大繁華街として存在する。
赤坂と言えばテレビ局TBSのお膝元であり、そのテレビにおけるパフォーマンスで日本で初めて脚光を浴びた在日朝鮮人のプロレスラー力道山が事業家として成功を収めたお膝元でもある。そしてヤクザと韓国人しかいないと言われていた「ヤッカン通り」とも呼ばれた戦後隆盛したコリアタウンでも知られる。
一般的には政治家がお忍びでやってくる高級料亭が隠れている、浮世離れしたイメージが強いが、実際に訪れてみると恐ろしく俗っぽい歓楽街であることに気付く。

赤坂の商店街で最もメインなのが一ツ木通り。地名を連想するかのような一本木の街灯が印象的。青山通りに近い北側はそれほどギラギラした印象もなく落ち着いている。



外堀通りに沿って内側からエスプラナード、みすじ通り、一ツ木通りと3つの商店街が川の字に走っている間をアミダくじのように路地裏の細道が結んでいる。料亭街があると聞いていたがそれらしきものがなかなか見当たらない。
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昭和の歓楽街の泥臭さを強烈にこびりつかせたような薄汚れた白亜の殿堂。かつての兵どもが夢の跡かは知らぬが、すっかり廃墟と化して、どうやら内装工事中。近いうちに違う店が出来るかも知れないがこの外観で一体どんな店になるのだ。
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その近くの雑居ビルも相当年数が経過していて同じようにたっぷり昭和の埃っぽさを建物に蓄えている。ビルに踊るのは「貸店舗」「テナント募集」の文字。そんなに店が入らないのか。
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赤坂が高級料亭街で有名なのは実は昔の話で、最盛期には5~60軒近くあったものがバブル崩壊の煽りを食らって現在ではわずか6軒しか残っていないという。政治家の料亭通いも昭和の遺産だったのか。
赤坂を彩る夜の明かりも心なしか、か弱いように思える。
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その代わりに赤坂の街に増えたのはどこにでもある下町の100円ショップやパチンコ屋、普通のカラオケ屋や漫画喫茶などである。昔の料亭街だった赤坂を知る古い世代には隔世の感があるに違いない。
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それでも平日の昼間は周辺のオフィス街から大量のサラリーマンが赤坂の繁華街になだれ込んでくる。路地裏にまでひしめく飲食店群がそれを受け入れるかのような巨大な食堂と化す。

むしろ料亭街よりも目立つ場末のバラック酒場のような建物が残っていたり、コインパーキングがやけに広々しているのが現在の赤坂を物語っているかのようである。
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わずかに料亭街の臭いを漂わせる小料理屋も、微妙に昔の高級料亭のそれとは異なっている。赤坂にある殆どの高級料亭は繁華街から外れた場所にぽつんと残っていることが多いようだ。
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唯一料亭街としての趣きを残すのが、みすじ通り沿いに建つ創業80年の老舗料亭「赤坂金龍」。
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そして赤坂金龍の真横にもずらりとコインパーキングが並んでいる。
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この周辺はコインパーキングだけではなく空き地や廃墟が目立っていたり、かなり痛々しい姿を晒している。

路地裏の袋小路までねちねちと歩き潰してみるが、古びた焼肉屋が隠れているくらいでやはり廃屋とコインパーキングの姿が目立つ。戦後には大物政治家や力道山はじめ数多くの著名人が訪れ、好景気を満喫するかのごとくサラリーマンが散財しまくっていたという豪勢な繁華街の灯火はどこにも見当たらない。
参考記事
料亭「赤坂 金龍」が新業態で復活 ~「赤坂 金龍」の歩みと赤坂の花柳界・料亭事情~

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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