千住と言うとどうしても北千住駅周辺しかイメージに浮かばないが、実は千住地区の南側には京成線が走っている。
千住大橋駅と京成関屋駅の二つが地区内にあるが、北千住駅へは京成関屋駅で降りて東武伊勢崎線牛田駅からひと駅分乗り継ぐ必要がある。
千住大橋駅を降りると、そこはやはり京成線らしい微妙な雰囲気の駅テナント群が並んでいる。駅の名前通り、近くには隅田川に架かる千住大橋がある。
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千住と言うとどうしても北千住駅周辺しかイメージに浮かばないが、実は千住地区の南側には京成線が走っている。
千住大橋駅と京成関屋駅の二つが地区内にあるが、北千住駅へは京成関屋駅で降りて東武伊勢崎線牛田駅からひと駅分乗り継ぐ必要がある。
千住大橋駅を降りると、そこはやはり京成線らしい微妙な雰囲気の駅テナント群が並んでいる。駅の名前通り、近くには隅田川に架かる千住大橋がある。
古くから宿場町として多くの人々が行き来した千住の街。もちろん人々の往来の歴史には表も裏もある。ここでは千住の街の裏側を少しだけお見せすることにしよう。
北千住駅から街道沿いに北上すると、荒川の土手が姿を見せる。都心にあって開放的な河川敷を間近にすることのできる、オアシスのような場所。
足立区のマスコットキャラでるアダチンも荒川の土手をてくてくお散歩するのが大好きなのである。気持ちいいだチ~ン。
北千住は日光街道の最初の宿場町「千住宿」があることで有名である。
千住大橋の架かる隅田川を隔てて北千住と南千住の2つが存在しているわけだが、一般的には「千住」と地名がつけば北千住の事を指しており、行政地名としての北千住は存在していない。
北千住駅西口正面から伸びる商店街を進むと、途中で「宿場町通り商店街」に交差する。この通りを中心に昔からの宿場町の風情が今でも残っている。北へ進めば荒川土手に通じる。
古くは日光街道の宿場町、今では都心近郊のベッドタウンで交通の要衝、北千住駅に程近い、荒川土手が目前に迫る千住大川町の一角、何の変哲もない住宅地にぽつんと立つ、一軒のラーメン屋がある。
その名も「ラーメン菊や」。
ここ千住大川町に店を構えてかれこれ40年近いという地味ながらも老舗な佇まいの店は、カウンター6席しかないという小ささに加えて、昔ながらの木造平屋建ての民家の一角に作られた外観がなんともシブイ。
北千住は荒川と隅田川に囲まれた中洲のような場所に形成された町だ。日光街道の宿場町として古くから栄えており、現在でもその面影が残っている。
東京芸術センターの前の地面に、千住界隈の史跡が書かれた地図がタイル状に張られている。その地図に従って、宿場町の跡を確かめるように南へ歩いた。