成増駅前に出ると「スキップ村」という商店街を中心にそこそこ栄えている。
前回訪問時はことごとくスルーしていたが、今度はこの商店街の中をふらふら歩いてみる事にしよう。
スキップ村商店街のホームページには商店街の名前の由来が書かれている。「安全(Safety)」「親切(Kindness)」「面白い(Interest)」「楽しい(Pleasure)」それぞれの英語の頭文字を使ってSKIPだと言うのだ。凄く微妙なセンスで実に板橋区らしいカラーが出た商店街だ。
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成増駅前に出ると「スキップ村」という商店街を中心にそこそこ栄えている。
前回訪問時はことごとくスルーしていたが、今度はこの商店街の中をふらふら歩いてみる事にしよう。
スキップ村商店街のホームページには商店街の名前の由来が書かれている。「安全(Safety)」「親切(Kindness)」「面白い(Interest)」「楽しい(Pleasure)」それぞれの英語の頭文字を使ってSKIPだと言うのだ。凄く微妙なセンスで実に板橋区らしいカラーが出た商店街だ。
板橋区のイメージが強い成増駅の南側一帯は実は練馬区旭町になっているのだが、この住宅地の一角にとっても恥ずかしい名前の中学校がある。
成増駅から川越街道の南側に入って徒歩5分程度の場所で現れる「豊渓中学校入口」の看板。豊かな渓と書いてホウケイ中学校である。
きっとここの学生はPANTERAの空耳のように「ホウケイの人ー!!」などと馬鹿にされるのかも知れない。なおさら年頃の中学生ならきっとムケてるかそうでないか気になりだすような時期である。
しかし敢えてこの名前を貫いているのは何か理由があるのだろうか。
どういう風の吹き回しか、またしても板橋のベッドタウン「成増」へと足を運ぶ事になった。
前回は東京大仏見学を中心に街歩きをしたので、成増駅から川越街道の南側一帯は何も見ていなかった事に気づいた。どうも「やり残した感」が払拭されないので、今回しっかりと歩きまわっておこうと思ったのだ。
2009年5月、板橋区弥生町にて発生した「資産家殺人事件」。
この地区の大地主である老夫婦が何者かに侵入され殺された上、家を焼かれてしまってから半年が経過した訳だが、未だに犯人は逮捕されていない。
以前、この家や周辺の様子を見たかったので、この界隈を訪問したわけだが、当時は警察やマスコミ関係者が殺到していて、近くまで行く事ができなかった。
というわけで、再び様子を見るべく訪れたのだ。
板橋の土地は武蔵野台地の北端にあたるが、杉並区あたりのそれとは違い急斜面や「谷戸」と呼ばれる窪地が多く残っている。台地が侵食されて出来た地形で、窪地の底は当然水はけも悪く、住宅を建てるには適さない。
普通ならば家を建てる事はしなかったというが、戦後の非常時における住宅不足で窪地にバラック住宅を建てる行為が続き、そういった不良住宅が平成の世にもきっかり残ってしまっているという。これは東京のスラム街における独特の特徴だ。
板橋区の大山エリア、大谷口に大規模な谷戸があり、そこには凄まじい状態のバラック住宅群があった。
東武東上線大山駅からハッピーロード商店街を通り過ぎ、川越街道を渡った西側に行く。見たところ普通の住宅街だが、そんな場所の一角に少し気になる物件があった。
池袋至近の活気ある下町といった趣きの板橋区「大山」。庶民的なお買い物スポットや外食店には事欠かず住みやすそうな街だと思う一方で怪しげな風景もあちこちに残っていて面白い。
大山駅近くの東武線沿いにが不自然にバラック民家が密集する一帯がわずかながら存在している。その1階部分の多くが個人経営の居酒屋になっている。いわゆる駅前バラック居酒屋横丁の類だ。これも戦後のドサクサの成れの果てなのか。
東京23区の北西端、都立赤塚公園に程近い住宅街の一角に「東京大仏」が祀られている乗蓮寺がある。
東京の寺と言えば観光地にもなっている浅草寺や増上寺など、豊富には存在するものの、大仏が建立されている場所で知られている乗蓮寺は最寄りの成増駅や高島平駅からも遠く、そう気軽に来れるような場所ではない。
東京の北西端、オールドニュータウンと化した「成増団地」を後にして、赤塚公園に向けて歩く。
成増団地から成増厚生病院前の三叉路を右に折れると赤塚公園に至る。この周辺は昔から市街化していたようで、古い民家が非常に目立つ。