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【毛呂山町】翔んで埼玉にも相手にされない僻地!東武越生線「武州長瀬」駅前のオールドニュータウン

埼玉県を徹底的にこき下ろしてネタにしまくった魔夜峰央の漫画を原作に映画化したらやたらとヒットしまくり、とうとう地上波放送を解禁した途端に高視聴率を叩き出すお化けコンテンツとなってしまった感のある「翔んで埼玉」…また世間ではサイタマラリアだの何だの熱くなってますが…

埼玉各所の地名や名産物がふんだんにネタにされるあの映画でも、全くもって相手にされない僻地というものがまだまだ埼玉には存在している。そういう場所を小出しに紹介しようと思うが、今回は東武東上線の枝線、越生線にある「武州長瀬」という駅までやってきた。大宮か浦和か所沢か春日部あたりのメジャーどころの地名にはビクンビクン反応する割には自分が住んでいない他の沿線の事はあんまり知らないで「え?どこそれ?」と言う埼玉県人の読者の声が今にも聞こえてきそうだ。

東武越生線という激マイナー路線で行く埼玉奥地の謎のニュータウン

東武越生線というのは坂戸駅から真西に伸びて、八高線の越生駅を終点とし、両駅10.9キロの区間を結ぶマイナー路線である。武州長瀬は坂戸駅から4つ目。駅舎も一応綺麗には作られているし自動改札機だってある。電車だって15分に1本は来る。しかし…「東武東上線のりば」と書かれた看板は何だ。越生線という名称はどこへ行った。

その昔は池袋から越生梅林に訪れる観光客を乗せる「越生観梅号」なんて電車も走っていたらしいが、今では坂戸駅乗り換えが必須だ。そして当地は梅が有名な越生町に隣接する入間郡毛呂山町に属する。ゆずが名物らしいです。知らんなぁ…

何を目当てに武州長瀬というマイナーな地域を訪れたのかというと、どうもこの駅の周辺が1960年代に住宅開発され、古びたニュータウンと商店街が当時の姿でそのまんま放ったらかしになっているという話を聞きつけてのことだ。同じ東上線で言えば男衾駅最寄りの磯村建設分譲地なんかよりも前に出来たやつだ。

人口約3万6千人を数える毛呂山町にある四つの鉄道駅の中でも恐らくここ武州長瀬が一番発展していると言っても良い。それでは毛呂山町随一の盛り場「フィリピンクラブ・JAPAN」を御覧下さい。とっくに廃墟化してますけど、ええ…

その他、武州長瀬民の胃袋を支える韓国料理店やら中華料理店やらが駅前に適度に散らばっておりますですよ。やっぱりこの辺も外国人多いんでしょうか…

全体的に廃れた佇まいの店舗が多い中で、さすが地元埼玉企業のスーパーヤオコーだけが真新しい店舗で営業を続けていてお買い物土着民大集合の巻。古参のしまむら長瀬店と並んで激安衣料を調達できる「ファッション市場サンキ」は埼玉じゃなくて千葉の企業ですよ。

駅前レトロ物件「長瀬第一団地」と「長瀬銀座商店街」

ヤオコーだのピンパブだのがある駅前から踏切を跨いだすぐ北側に「長瀬第一団地」と称する住宅街と付属する商店街が連なっている。ここが廃れっぷり容赦なく“見どころポイント”となっているので、早速足を踏み入れてみる。

駅前の踏切からまっすぐ北に伸びる道沿いが「長瀬銀座商店街」。見ての通り、とっくに商店街としての役目を果たしてしまい、無残なシャッター街と化している。ぽつぽつ開いてる店もあるっちゃあるんですがね…ここから西側にそれた路地が長瀬第一団地の戸建住宅群になるのだが、道幅は4メートル台しかなく、それぞれの住戸も随分小さめな作りをしている。参考までに、ここいらだと駅近の築47年の中古戸建てが240万とかで買える。

武州長瀬駅近くに昭和35(1960)年に開設された大規模霊園「武蔵野霊園」が契機になって、その後こうした住宅団地が矢継ぎ早に建設され発展していった地域で、毛呂山町は60年代後半から90年までに人口が急増しているが、その後は頭打ちに。商店街を見渡す限り、町並みはその時代で止まっている。730万埼玉県民を代表する医療機関、埼玉医科大学がなぜこの町にあるのか、未だに理解出来ていません。

今や見る影もない、といったところかも知れないが、近所の前久保中央公園では桜の開花時期にちょっとしたイベントも開催され、にわかに盛り上がる事もあるらしい。埼玉の寂れレトロ商店街でよく見かけられる埼玉県公認の「黒おび商店街」ステッカーは長瀬銀座商店街のどこにも見当たらず。県のホームページには記載があるんですけどね。

なんだか清瀬の旭が丘団地に隣接する新座市の「西武商店街」に匹敵する寂れっぷりを見せていて、昭和レトロマニアだとかロケ地を探している映画関係者だとかが飛びつきそうなくらいなんですが、今の所、どの方面からもツバを付けられていない様子です。そもそも毛呂山自体「ゲロヤマ」呼ばわりされてまともに呼んでもらえないほどマイナーだよな…

それからこの地域の航空写真を見てみると、似たような感じで細かい街路で区切られた古臭い住宅団地が駅周辺に何箇所も広がっているのが見られる。これらの多くが昭和30年代末期から40年代に出来た「オールドニュータウン」なわけだが、寄居町の磯村建設分譲地といい、片道90分通勤をもろともしない昭和の企業戦士の“ねぐら”だった土地の一つがこの場所だ。ちなみに武州長瀬から池袋まで電車で出ると、片道60~70分といったところ。まあ遠いよね。

斉藤モタスって何じゃそれ、と思ったら看板に無理くり伸ばし棒を付けていた件。こういうところからしても昭和感抜けきれない。

その他、昭和感抜けきれない美容室とか…

昭和感抜けきれない土着スナックとか、色々とツッコミどころもありそうなんですが、夜遅くにこんなゲロヤマくんだりまで足を運ぶ余裕ありませんし、近所の御方でも、なんとか袋筋太郎さんのナイトスナッカーズでもどなたでも構いません、どうぞ現地に突撃してください。

長瀬第一団地名物!激狭過ぎるラウンドアバウト

この長瀬第一団地&長瀬銀座商店街に来たからには一度は目にしておきたいのが、商店街をしばらく行った先で見かけられる、今どきで言うところの「ラウンドアバウト交差点」である。昔はこういうのを「ロータリー」って呼んでましたよね…そして、昭和のニュータウンではちょくちょくお目にかかれる存在。

しかし、このロータリーがやたらと狭いんですよ…車幅4.5メートル、直径20メートルといったところか。よほど土着民以外は通る用事もない交差点だけあってか、交差点の手前に「止まれ」も「ゆずれ」の標識すらない。

このロータリーの東側には前久保中央公園という、そこそこ規模の大きい公園もあるが、駐車場は併設されていない。毛呂山町のコミュニティバス「もろバス」の停留所があるくらいだ。町内主要箇所を一周して、もし乗り物酔いで嘔吐したら「ゲロバス」ですね。

で、これも“あるある”なんですが、ロータリーに面したところにある店の名前もたいてい「ロータリー」になってしまうのだ。お惣菜を扱うデリカショップロータリーは休業日のようで、食い物にありつけませんでした。しょうがないので駅前のヤオコーで昼飯買いましたよ…



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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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