本郷三丁目駅方向から菊坂通りをずんずん歩いて行くと、樋口一葉が暮らしていた菊坂下町一帯に辿り着く。
菊坂通りから階段が伸びるその下が菊坂下町。階段の前にも板葺きの立派な古民家があって、非常に風情のある場所だ。
菊坂通りから階段を見下ろすとちょうど建物1階分の高低差がある。その下には戦前からそのまんま続いているかのような街並みが広がる。作られたレトロではない本物の街並みが。
菊坂通りの一本内側に並行する路地は、やはり容赦なく細い。さすがにこんな場所に自動車が走る訳にもいかないだろう。道路標識にも「この先幅員減少につき車の通り抜けは出来ません」と書かれている。
一方で本郷三丁目駅側の景色を見ると、路地の向こうに何やら凄まじいコンクリートの要塞がそびえているのだ。パークコート本郷真砂という分譲マンションである。周辺住民の反対運動を押し切って2005年に完成し全戸完売。文京区は例外なく容赦ないマンション開発で成金セレブとお受験ファミリーが次々と入植しつつある。
しかし足元を見渡せばもう何十年も放置されているかのような古いアパートや草木で覆われたボロ民家があちらこちらに見られる。
表通りはすっかりマンションだらけに姿を変える中でも、この一帯だけは何も変わらない下町の営みがある。そんな感じだ。
菊坂下町に降りるとまず目に付くのが立派な唐破風の玄関が特徴的な「菊水湯」。古い銭湯がピンピンしているという事は、つまり内風呂もないようなボロアパートが未だに密集しているかも知れないという期待を感じさせる。その通り、この付近には驚くような低層住宅群が密集している。
菊水湯の周辺を歩いてみれば、まるで戦後のドサクサで建てたかのような平屋のトタン葺きバラック家屋が連なっている路地も隠れていて凄まじい。
有名な樋口一葉の旧居跡に近いが、こっちはこっちで独特の風情があってたまらない。
ともかく路地裏の密集ぶりが凄まじい。こんな場所に家があるのか?というような場所にまで民家の玄関が隠れている。
両脇の家屋の庇がぶつかりそうな程細い、迷路のごとき路地。民家の中からテレビやラジオの音声や、時折住人の会話まで聞こえてしまう。
今どきの感覚ならプライバシーがどうたらこうたらうるさいものだが、昔の住まいは向こう三軒両隣という言葉がある通り、無機質で機械的なセキュリティの整った空間よりもむしろ濃密な近所付き合いの上でお互いの暮らしが守られてきた。
そんな路地の奥にはまたまた井戸が残っていた。
この付近は地下水が豊富で、未だに住民が飲み水に井戸水を使っているという程だ。
場所によって生水でもOKな所と煮沸消毒が必要な所があるそうだが、こんな東京のど真ん中でも井戸水を飲んで暮らしている人間がいるというのだから驚きである。