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【傷だらけの天使】代々木駅前にそびえる昭和の魔窟ビル「代々木会館」が取り壊されるようです【天気の子】

「令和を迎えて解体される昭和の建物」という括りでシリーズ化できそうなくらい、最近になって著名なレトロ建築物の解体事案が相次いでおりますけれども、今回は東京の巨大ターミナル駅・新宿のお隣にある「代々木」駅前のこちらの物件…

この場所と言えばもはや改めて説明するまでもなかろう。オッサン世代のさらに親の世代まで遡れば恐らく馴染み深い昭和のテレビドラマ「傷だらけの天使」のロケ地として知られ今もなお“代々木の魔窟”だの“プチ九龍城砦”だの呼ばれる「代々木会館」なる老朽化ビルディング…どうも2019年8月の時点で「取り壊しが決まった」という話を聞いて急遽訪問したのである。

聖地巡礼・代々木会館“傷だらけの天使”から“天気の子”へ

新宿駅南口からも歩いて来られる距離にあり、代ゼミと日本共産党で有名な代々木駅前の一等地にありながら、長年所有権が複雑化していたあまり、建物の建て替えもできないばかりか管理状態も杜撰で、7階建てなのにエレベーターは壊れて使えず…という壮絶な建物、それが代々木会館である。

55年前、昭和39(1964)年の東京五輪開催の折、代々木駅前を南北に走る都道414号線(四谷角筈線)の道路拡幅のため“戦後のドサクサ”バラック商店街のクリアランス事業でこのビルが建てられたという。建築年代については情報が錯綜していて、昭和44(1969)年築という話が出てきたり、昭和38(1963)年には既に完成していたという話が出てきたり、はっきりしない。

「傷だらけの天使」で“エンジェルビル”と称されていたこのビルの屋上のペントハウスに主人公(萩原健一)らが住んでいたという設定で一躍有名になるのは、昭和49(1974)年のこと。しかし建物の下からジロジロと上層階を観察するも、ガラス越しに見える屋内には何の人工物も見えない。

当方がこのビルを初めて見物しに行ったのは10年前の2009年のことだ。その時点でビル内の殆どのテナントが既に空き家となっていて、実質的には「幽霊ビル」と化していた。ビル外壁の看板が揃いも揃って「パチンコ」「麻雀」「ビリヤード」などなど、昭和のタバコ臭いオッサン趣味の店舗しか見かけないというのも地味にツボである。

まあ、ここまで「昭和」という時代の生臭さを忠実に再現した建物も今どきの東京に残る風景としては「歴史遺産級」という事もあってか、最近劇場公開されている新海誠監督のアニメ映画「天気の子」でもこの建物をモデルにした場所が物語の重要地点として登場する。同氏監督の「君の名は。」に登場する須賀神社のような立ち位置のようだ。アニメ聖地巡礼組と思われるギャラリーが名残惜しそうに写真を撮っている姿があちこちで見られる。

元来この場所が代々木駅前の超一等地にあることから、建物の複雑な権利関係をまとめ上げて再開発しようという向きは数々の業者の介入のもと、長年続けられてきたようだ。壮絶な地上げ合戦が繰り広げられてきた末、この時期になって「解体決定」という流れになった。あ、ビルの6階部分の不動産業者が入っていたっぽい区画の窓に「再開○促進中」と書かれているのが見えますね。

いやあ、いつ見ても代々木会館とドコモビルの“新旧対比”っぷりが映えますねぇ。しかし次の東京五輪開催までにこの建物は解体工事を終えて更地となってしまい、その姿は見納めとなる可能性が高い。なお代々木会館のオーナーについては現代ビジネスの記事にもあるように、横浜市在住の著名な在日韓国人の金融業者で、同ビルの謄本にはウリ信用組合やハナ信用組合の名前で根抵当権が設定されていると、この記事には触れられている…はい、どういうビルか、よくお分かりになりましたか?

2009年に代々木会館の中に入ってました

せっかくこの機会なので、まだ代々木会館の建物内に辛うじて出入り可能だった10年前、2009年当時の様子を合わせてお見せすることにしよう。もう10年前の時点でもこれでしたからね…“地上げ”に一体何十年掛かってんだよ…

現在は仮囲いのフェンスで塞がれて見られなくなったビルの低層部分。まだ代々木会館現役当時の個人飲食店の看板がこのように並んでいた。「おにぎり・お食事 お浜」「小料理 志乃ぶ」「小料理 梅なか」の昭和仕様過ぎる三本立て。

ビルの中に入ると一階から二階に上がる階段の手前に集合ポストがあり「いらっしゃいませ 2階飲食店街」と手書きで記された古風でオツな案内看板がバシーンと掲げられているのが見られた。

荻窪駅北口の戦後のドサクサ系飲み屋街「荻窪銀座街」の案内看板に近いテイストだ。 焼肉食堂京昌園…いっぺん食いたかったっすねえ…生まれた時代が違ったならば…

この当時でも唯一ビル内で営業していた“中国関係図書輸入販売”というオンリーワン感ある専門書店「東豊書店」が三階にあり、この書店に立ち寄るために誰でも出入りすることが可能だった。

本屋というよりはほとんど見た目が物置小屋と化していた「東豊書店」の入り口。昔からの所有権のまま開店休業状態で生き長らえていたのだろうが、この書店と一階にあった激安居酒屋「きぬちゃん食堂」が今年6月末で閉店。それ以後「ビル解体」へと一気に舵を切る事になったものと思われる。

その他、謎のメッセージが壁一面に描かれた香ばしげな一画も見られる。4階部分にグリーンピースの事務所が入居していた時期があり、左翼系団体のイベントスペースに使われていたといい、警察が家宅捜索に入った事もあるという話も出てくる。

まあ、この二軒お隣にはつい最近まで日本共産党(東京都委員会)のビルもありましたし、この界隈は色々公安関係者に散々目ェ付けられてきたのでしょうな…って、何なんだよ「ホルス21」というのは。秘密結社かよ。

しかし4階から上は使われている様子もなく照明も消えていたので、それ以上立ち入るのはやめて引き返した。かくして、大都会東京の片隅で細々と生き長らえていた 「 昭和の魔窟ビル」は令和の始めにその姿を消すことになった。合掌…

代々木駅の周りにちらつく在日コリアン社会

代々木駅前のプチ魔窟ビル、もう一つあるのがこちら「大王ビル」。「カフェテラスサラン」に「パチンコ大王」と書かれた古い看板、まさに“戦後のドサクサ”臭全開ですね…ちなみにこの看板、「傷だらけの天使」のシーンに出てくる“エンジェルビル”のペントハウスの窓から見えます。そして現在も焼肉屋が入居しているという…どうでもいいけど韓国人が「代々木はここ」と韓国語で話すと「ヨギ!ヨヨギ!」ってなりませんかね。

ちなみに代々木駅近くの千駄ヶ谷五丁目明治通り沿いには「ハナ信用組合」の本店もあります。この手のネタではついつい大久保・百人町方面にばっかり目が向きますが、新宿駅の南側も特有の在日コリアン史を辿ってきた、なんとも業の深い街なのです。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。

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