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【荒川区】東日暮里二丁目「同潤会三ノ輪アパート」最期の姿

東京各所にあった「同潤会アパート」。大正時代の関東大震災によって多くの建物が倒壊したため復興事業により建てられたアパートだ。建設された当時は最新鋭の建築技術をもって作られた集合住宅である。 しかし同潤会アパートが建てられてから80年以上経過している為、老朽化の進んだ建物は次々取り壊され、現存している建物は台東区にある「上野下アパート」ただ一軒のみになっている。

実はもう一ヶ所は最近まで現存していた。それがこのページで紹介する「三ノ輪アパート」になるのだが、こちらは住民の退去が終わり解体工事が始まる真っ最中に訪れたものだ。恐らく今では取り壊されていて建物は存在しないだろう。

同潤会三ノ輪アパートの場所は東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅とJR常磐線の三河島駅のちょうど中間である。両方とも駅から結構距離がある上場所も少々わかりづらい。オールドコリアタウンの外れに件の建物はある。

住人の退去も終わっており建物の形だけが残っている状態だった。外壁はボロボロと剥がれ落ちていて危うさを感じる。下の階はびっしりと苔むしている箇所もあり、かなり凄い事になっていることがわかる。

上階の住人がゴミ袋を投げ入れる為の設備「ダストシュート」がこの築80年の団地に取り付けられているのだ。まだまだ戦前の時代に、時代を先取りしすぎているかのような住宅設備。建物さえ新しければ、とても80年前のセンスとは思えない。

上を見れば、4階部分に住人が取り付けたと思われるビニール屋根が見える。

見たところ間取り的にはベランダがなく窓に物干し竿を掛けて洗濯物を干す構造になっている。

80年もの間に住人によって色々とカスタマイズされているので面白い。自作のバルコニーは人が乗ると崩れて壊れそうだ。それになぜか「臭突」が設置されている。ここのトイレは汲み取り式なのか?

三ノ輪アパートの建物はA棟とB棟の2つに分かれている。

既にこの写真を撮りに行った時点で「建替え計画」の横断幕が掛かっているのを見ると、本当に壊されるかどうかギリギリの状態だったようだ。

比較的ノーマルな形のB棟に比べA棟の形状はちょっとイレギュラーである。建物東側部分だけが「卜」の字状に出っ張っている。元からこんな形だったんだろうか。

日本の鉄筋コンクリート造の集合住宅として最初のものは長崎の軍艦島にあった炭鉱労働者用住宅(1916年)で、同潤会アパートが建てられた年代はおよそその10年後となる。

蛇足までにもう一箇所、表参道に「同潤会青山アパート」もあるが、あそこは大部分が「表参道ヒルズ」に建て変わってしまい、一部残っている建物も再現されたものでしかないのでご了承を(設計は安藤忠雄氏)。

<追記>同潤会三ノ輪アパートは2010年頃解体され、跡地は普通のマンションに変わってしまいました。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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