後楽園の駅から北に進むと文京区小石川に入る。昭和22(1947)年に文京区になる前は本郷区と小石川区があったが今も文京区の地名として残っているわけだ。
都営三田線の春日・白山、地下鉄丸ノ内線の後楽園・茗荷谷が最寄り駅だがいずれからも微妙に離れていて、ひたすら地味で古い下町が残っているエリアだ。
小石川の住宅地に入るとやたらと目立つのがフォークリフトが置かれた製本工場。
学生が多い土地柄だからなのか、この界隈では昔から製本・印刷業が盛んで、街の至る所で中小零細工場の存在を確認することができる。
細い路地には住宅と工場が半々くらいの割合で並んでいる。平日の工場稼動時には当然工場のフォークリフトがひっきりなしに通行するだけあって、工場と住人との軋轢を感じさせるものを見かける。
それが、工場の数だけあるんじゃないかというくらいあちこちに置かれまくっている、フォークリフトの運転手に注意を呼びかける看板だ。
厳密に言うとフォークリフトは道路交通法で公道を走行してはいけない事になっているが、小石川の狭い住宅地の道ではそんなことも言ってられないのが現状のようで、せいぜい住人がこういう看板を立てて注意を促す他なさそうだ。
さらには狭い歩道の大部分をフォークリフトが占拠しちゃってる部分もあってなかなかカオスな風景を見せている。
民家の玄関に張られた注意書きが生々しい。「家がゆれてこまります」とまで書かれているのだ。製本業者と住人との確執の深さを感じずにはいられない。
残念ながら訪れたのが日曜日だったので、肝心のフォークリフトが動いている姿を見られなかった。
同じくフォークリフトが飛び交ってヤバイ築地市場界隈とは全く違ってこちらは子供連れも多い普通の住宅街だからな。
しかしそれでも日本屈指の文教地区でもあるこの界隈へ子供を「お受験」させたりエリート校にぶちこむために一家総出で引っ越すのかどうか知らんがそこそこ富裕層向けのマンションが古い印刷工場の街の間にポコポコ建てられて、また違った風景を生み出しているのだ。
そっちはそっちで、今度は従来の住民とマンション建設業者との軋轢が生まれていたりして殺伐でもある。日照権はもちろん、安全快適に暮らす権利を各々主張する。街は一体誰のものなのか。
だが小石川の製本業も不況の煽りを受けるとともに、紙からインターネットへのメディア媒体の変化なども伴い軒並みヤバイ状況に陥っている。
例えば自動車製造業がトヨタを頂点とする下請け・孫請け・曾孫請けといったヒエラルキーが存在するように、小石川の製本業者も大手出版社からの仕事を請け負っている所がほとんどだという。
不況になると真っ先に生活が立ち行かなくなるのが中小零細の工場を経営する人々だというのも、やはり同じである。
で、ここ小石川でも2008年3月に製本工場を経営する会社が一家6人を殺傷する痛ましい無理心中事件が起きている(→詳細)
製本工場の建物の一角に「建築計画のお知らせ」のプレートが貼られているのが目に付いた。ここも近いうちに工場を廃業してマンションに建て変わるのかも知れない。
なんとなく街に漂う陰鬱な空気は気のせいだろうか。先行きの見えない生活は人の心はもちろん街そのものも荒廃させてしまう。この先、小石川の製本工場街はどうなっていくんでしょうな。