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東向島・私娼窟の痕跡「玉の井」 (1)

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東京の遊郭と言えばもっぱら吉原が知られているが、売春防止法施行以前の戦後の時代までは東京各地に公娼、私娼を問わず遊郭が存在していた。
墨田区東向島にも、玉の井という有名な元赤線地帯があり、かの永井荷風が通い詰めたという私娼窟は戦災で姿を消したものの、それからも長らく都市開発とは無縁の地域で、昔ながらの迷路のような路地や古い商店街が残る渋い下町が広がっている。
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かつての玉の井の私娼窟が残っていた、いろは通り商店街を中心に散策を始める。東武線の東向島駅から徒歩5分で商店街の入口に着き、そのまま北東方向へ500メートル程伸びている、下町全開な商店街。
まずは商店街の北側、国道6号四ツ木橋南交差点近くの鐘ヶ淵通り側の入口から散策していこう。


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商店街の脇から赤線の面影を残すかのようなレトロな街灯が立っているのが見える。
玉の井の赤線は戦災で一度移転していて、商店街の南側にあったものが戦後になって一部が北側の焼け残った住宅や、少し離れた鳩の街商店街などに移転したそうだ。
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街灯にそそられて路地に入ると、その先にもそれらしき面影を残した料亭の廃屋があった。こちらは商店街の南側に当たるので、元赤線建築である可能性は薄いが、雰囲気が独特だ。
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一度シールで塞がれたものの劣化してしまい、その下から元料亭の屋号が見える。
「和嘉代」…うーん、それっぽいよな…
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この先は古い住宅に町工場が点在する下町らしい光景が続く。そのまま国道6号を跨ぐと京成線八広駅や皮革産業工業地帯へ至る。
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あちこち寂れ始めて住宅に変わった箇所も見られるが、おしなべて古い個人商店ばかりが立ち並ぶいろは通り商店街。かつて私娼窟が広がっていた事は、この表通りを歩いている限りは気付く事はない。
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すぐ横手を見ると、もう目の前まで高層マンションの開発が迫っている。業平橋駅前に東京スカイツリーが出来る事で周辺地域が不動産的に注目されまくっていて、もしかすると近いうちにこの辺の風景も変わるかも知れない。
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商店街には本当に昔ながらの「おもちゃ屋」もしっかり残っている。まだファミコンとか扱っていなかった頃の古いおもちゃ屋だ。地方では絶滅危惧種だが、墨田区ではどっこい昭和が生きている。
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しかし、そのおもちゃ屋の建物の上を見ると三角屋根の奇妙な造形が目に付く。小さな窓の周りには青色のタイルが張り巡らされ、まるで遊郭建築のそれを思わせるかのようだ。
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他に並んでいる店も、昭和をそのまま引きずったようなオバ服メインの洋品店や布団屋など。いわゆるチェーン店の類は一切存在しない。見事だ。
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下駄やサンダルが表に並ぶ、古い靴屋。流行や世の中の動きなどどこ吹く風。いろは通り商店街はリアルで昭和が保存されている。
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一見すると寂れ気味な商店街かと思いきや、夕暮れ時になると仕事帰りの地元民でそこそこ賑わい始める。
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商店街で唯一「近代的」に思えるゲームセンター「電遊脳場DARARIN」。そのネーミングのダサさが素敵。ダラリンしちゃっているが、ヤクザ風と暴走族風の方の入場はお断りです。
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予備知識もなく表通りだけを歩くと本当にどこが赤線跡なのか分からないので、とりあえず商店街の北側の路地に迷い込んでみる事だ。永井荷風が「ラビラント」(迷宮)と称した、複雑な路地裏がひしめく光景が今でも見られるはず。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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