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【調布市】昭和の赤線地帯の面影残る「調布百店街」とその周辺を歩く

普段あんまり乗らない京王線に乗って調布駅までやってきました。調布という街はかつての甲州街道の宿場町。この土地にも赤線跡があると聞いてきたやってきた訳だが…

調布駅と言えば2012年8月から周辺の布田駅や国領駅と合わせて駅がごっそり地下化してしまい駅前風景がガラリと変わってしまった訳だが地下化する前に来たので駅前はこんな感じとなっております。

隣の三鷹はジブリ関係が幅を利かせているが調布に来るとゲゲゲの鬼太郎が幅を利かせている対照的な光景。水木しげる氏は調布市の名誉市民という事で市内の目抜き通りである天神通り商店街は水木氏の地元・鳥取県境港と並ぶ妖怪ロードになっている。

でもまあ、ゲゲゲの鬼太郎よりも気になるのは駅の北口を降りて妖怪ロードとは反対側にある胡散臭い雰囲気の漂う「調布百店街」なんですけどね。やっぱりここ、駅前にありがちな戦後のドサクサゾーンなんでしょうか。

この調布百店街、駅前一等地にありながら猥雑極まる狭苦しい小さな路地裏的横丁となっているのだが、パッと見ただの飲み屋街かと思いきや、怪しげなソッチ系の店舗が何軒も連なる京王線沿線屈指の裏名所でもあるのだ。

やっぱり学生に人気の京王線沿線だけあっての事だろうか、この手の店でも「学割」サービスが使えるなんて素晴らしいですね。調布に住めばさぞかし充実したキャンパスライフを過ごせそうです。

これは随分ドピンクな看板でいい感じのパフィーですね。悪いわね、ありがとね。これからもよろしくね。ネタが古いわね。

この密集ぶりは大塚や高円寺あたりと対抗できそうな程のテンションだが昼間は全然開いてなかった。夕方にならないと店は開かないらしく普段はそれっぽい客引きも居ないようだ。

隣のオヤジタウン府中の方がもっと色々如何わしい店があるかと思ってたんですが、あっちは再開発ですっかり綺麗になり過ぎてしまっていて、京王線沿線怪しい部門では調布百店街の一本勝ち。

調布百店街と聞いてどうしても渋谷の百軒店と名前も怪しさ度数も被るんですがソッチ系の店を除いてもそれなりに居酒屋や飲食店がひしめく雰囲気の良い商店街になっている。

調布駅前から住宅地への日常的な通り道になっているので割に一般ピープルの通行も多い。怪しげな商店街だからと言って避けて通る事はしないのね調布市民の皆さんは。

なんだかもう百店街の胡散臭さだけでお腹いっぱいになりそうなのだが今回の目的は「調布にあった赤線地帯」を見に来た事だった。江戸時代から甲州街道の宿場町だった調布には「布田五宿」と呼ばれ飯盛女を抱える旅籠があったのだ。

調布百店街を通り抜けた先、現在の甲州街道である国道20号に向けて住宅地の路地を抜けていくと、古ぼけたスナックや飲食店が並ぶ一画が現れる。どうやらこの辺がそうらしい。

ここは「仲町通り」と呼ばれる布田一丁目と二丁目の境を通る道。戦後の昭和25(1950)年、この界隈に江戸時代の飯盛旅籠の再来とも言える特飲街が誕生した。今となっては殆ど名残りらしいものもないが…

例のごとく調布の特飲街は売防法が施行された昭和33(1958)年に消滅した訳だが、その後つげ義春の短篇「退屈な部屋」にこの場所にあった元女郎屋のアパート「丸窓の家」が描かれている。

そのアパート自体は取り壊されてしまったようだが、仲町通り沿いに僅かに残るスナック街の並びには昭和の佇まいを留める古臭いアパートが見られる。

近くにある「調布ホテル」が建っている四つ角の土地はかつての赤線地帯の中心。元は連れ込み旅館があったそうだ。調布の赤線跡はほぼ住宅街と化しているので実際見所には乏しいかも知れない。やっぱり百店街の方が衝撃的だったなあ。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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