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かつて遊郭もあった中山道沿いの旧宿場町「板橋仲宿」を歩く

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旧中仙道板橋宿に沿って続く仲宿商店街をさらに北上する。板橋区の地名の由来ともなる、石神井川に架かるその名も「板橋」が現れる。

傍目から見れば下町に架かる何の変哲もない橋でしかない。だが板ではなくコンクリートのちゃんとした橋だ。仲宿商店街入口の活気とは打って変わって、ここまで来ると寂れた空気が漂い始める。道行く人は老人が多い。

石神井川に板の橋が架けられた。ただそれだけの事だが、たまたまそれが地名になったという話。至極単純である。しかし約800年前の源頼朝の時代に遡るというので、歴史ある地名なのには違いない。800年前には板の橋が珍しかったらしい。

この板橋を境に仲宿と上宿(板橋本町)に分かれる。日本橋から二里二十五町三十三間(約10.6km)の距離があることを示す標識が立て掛けられている。

コンクリート橋なのに「板橋」というのも味気ないと言わんばかりに、板橋の上にはご丁寧に木目調の模様が刻まれているのだ。

板橋の上から眺める石神井川も、やはりコンクリート護岸に囲まれ深い谷底を流れている。東京の地形の特性上、水害から守るためにどうしてもこうなってしまう。それでも下流の北区堀船ではゲリラ豪雨で浸水被害があったばかり。

春は両岸に植えられた桜の花が咲いて美しい光景を見せる。

板橋の袂には年季の入った銭湯「水神湯」にコインランドリー。この界隈は現役の銭湯がまだまだ強い。街が古い事もあるだろうが、風呂もないようなボロアパートが非常に多い事を裏付ける。

近くにはもう何十年も店じまいしたまま放置されているような商店の跡も見られる。ちょっとしたタイムスリップゾーンである。

板橋から北側は上宿。板橋本町商店街に続いているが、こっちはかなり寂れまくりな印象。一気に人の流れが少なくなる。

仲宿商店街のような宿場町の風情も殆ど無くなる一方で、放置プレイ状態の古い商店が連なる光景が広がる。八百屋だったりお茶屋だったり色々。

寂れてどうにもならない雰囲気は台東区のおかず横丁を思わせる。地元住民の馴染みの惣菜屋が老いた姿で頑張っている。

微妙な雰囲気の街並みは都営三田線の次の駅である板橋本町駅に近づくに連れて徐々にマンション街へと姿を変える。古い商店とマンションが半々といった所だろうか。マンションはどれも目新しいものが多い。

この先特にツッコミどころがないよなあ…とテンションが下がり気味なタイミングに現れた一軒の金物店が異様だったので思わず反応してしまった。全ての商品がビニール袋にくるまれて吊るされているのだ。

傍目にはかなり電波チックな店に見えるが、突然の雨でも商品が濡れないので慌てて片付ける必要もないという訳だ。なるほどよく考えたなと思うも、ビニール袋が汚れまくっていてやっぱり異様に見えるのだった。

店の名前も書かれていない謎の金物屋の前を通り過ぎてさらに先へ進む。

その先の交番前に上宿の石碑と、よくわからない櫓のモニュメントが置かれている広場がある。この先にあるのは、悪縁切りのご利益がある「縁切榎」と呼ばれる曰くつきのスポットだ。


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