下町探索・西日暮里 (1) 消えた高架下建築

東京の大動脈、JR山手線の29駅の中でも鶯谷駅の次にマイナーな駅だと認定されているのが「西日暮里駅」(→もっとも検索されていない山手線の駅はココだ!)なのだが、こう見えても「日暮里・舎人ライナー」が開通したり、地下鉄千代田線と接続してたり、そんなにマイナー扱いされるほどのものでもないのに何故かマイナーな地位が揺るがないのが西日暮里なのである。
そんな微妙な西日暮里駅の改札を降りると目にする「拾得定期券お知らせボード」…
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名前を見るとなぜか全員日本人じゃないしwwww
一体この街はどうなっているんだ。
ちょっと降りてみよう。


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西日暮里の駅前はJR線と京成線、それに日暮里・舎人ライナーの高架橋が三重にジャンクション化しており、なかなか壮観なのだが、京成線の高架下を見ると、そこには喫茶店があったり韓国スナックがあったりして、やたらめったら戦後のドサクサ臭が漂う。
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よく見たら周囲は韓国系店舗が非常に目立つ。ここは東の新大久保なのか?

それは近所に東京最大のオールドコリアタウン「三河島」が存在するという理由に他ならないのだが…
大阪の生野区と同様、町工場が産業主体だったこの地域へ、多くの済州島出身者が渡ってきて形成されたコリアタウンであると言える。
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戦災の後、高架下に家屋を建造したまま今に至るまで居住空間として使用している例は大阪のJR大阪環状線や阪和線の一部に見られるものを代表例として、東京にも神田の「今川小路」や浅草橋界隈、そしてこの京成線でも見ることができる。
西日暮里界隈の京成線高架下では韓国系のスナックや居酒屋などが軒を連ねており、今なお「戦後」を感じさせる街が残っていた。
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他にも二階建ての住宅として使用している高架下家屋まである。その中での暮らしはいかがなもんだったんでしょう。高架橋の構造に合わせて器用に作られた板張りの外壁が歴史の重みを感じさせる。
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こっちの二階建て住居の作りは見事だとしか言いようが無い。古びるに任せておりもはや崩壊寸前ではないかと思わせる程オンボロな家なのだが、しっかりとそこで人が暮らしているのを見ると驚いてしまう。
しかしこれらの建物は2008年の時点で全て解体されてしまっている。
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この通り、残念ながら西日暮里の高架下建築は今では見ることができない。
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京成電鉄は将来、成田新高速鉄道の開業にあたって、高架の耐震工事もしておきたいという思惑があったらしく、ご覧の通り、綺麗さっぱり建物が無くなりました。
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じわりじわりと昭和が消えていく今日この頃であります。。。

西日暮里といえばこれ
西日暮里ブルース

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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