【新宿区】新宿駅西口に残る戦後のドサクサゾーン、しょんべん横丁もとい「思い出横丁」(2009年)

新宿区

既に開発され尽くした感のある新宿駅西口の一角に今も戦後の闇市の名残りが残る「思い出横丁」という飲食店街がある。

新宿駅西口の北側「新宿大ガード」の西に30×100メートルほどの狭い空間にびっしりと胡散臭い居酒屋が並ぶ。昭和の臭いが残っていてどこか懐かしい…ということで「思い出横丁」なんてもっともらしいネーミングがついた看板が掲げられているが、昔から知る人は皆「しょんべん横丁」と呼んでいるカオスゾーンなのだ。

「しょんべん横丁」と言われているのはここ新宿と大阪の十三駅前にある同名の通りの2ヶ所のみ。おおよそ飲食店街にふさわしくないネーミングが使われているのは過去には下水設備もなく酔っ払いのしょんべんがそのまま通りにぶちまけられていたからであろう。

言うまでもなく成り立ちは終戦直後の焼け野原だった新宿西口一帯に安田組というテキヤの親分が立ち上げた闇市が始まり。

平日夕方になるとそれぞれ狭い間口で窮屈にやっている居酒屋のそれぞれが赤提灯を灯らせ、通行人の眼前にこれ見よがしにモツ煮込みの入った電気鍋を置いて客を誘い込む。

時折店員の姉ちゃんらにも「今なら空いてマスヨ~」などと声を掛けられるが、殆どがたどたどしい片言の日本語で、どう見ても中国か韓国出身者しかいない。

戦後のドサクサっぷりがそのまんま残っているという意味では他の駅前横丁の追随を許さないのが新宿思い出横丁の凄い所。まかりなりにも東京を代表する繁華街の駅前という立地にも関わらずこのクオリティを維持できている理由は何だろう。

オンボロバラックの中央に渡された配線、そこから漏れる繁華街のネオンサイン。まさに魔窟と言うほかない佇まいだ。

「豚足料理」と書かれた薄汚い看板を発見した。豚足料理…そんなもんを看板に掲げる居酒屋の存在は知らない。しかし殆どの店が焼き鳥かモツ煮込み、またはラーメンを肴に安酒を引っ掛ける為だけのオヤジパラダイスとして機能している。物価の高い新宿界隈でこの一画だけが庶民価格をキープしている。

こんな凄まじい佇まいを残す「思い出横丁」だが、1999年には地区の3分の1を全焼する大火事を起こしている。その時には地区全体の取り壊しの噂も広がっていたそうだ。今見たところでそんな経緯があったことすら分からないくらいだが。

もっとも、火事で焼けたのは北側と東側の一帯で、内側のここまでは火の手が及んでいなかったらしい。

ちなみに東側のJR線に面した通りは「やきとり横丁」と呼ばれていたが現在では名称を思い出横丁に統一されており、もう少ししっかりした居酒屋が並んでいる。西側に出るとそっちは吉野家やらココイチなど普通の食い物屋やチケットショップなどが並ぶ。

そんな思い出横丁にある名物的食堂「つるかめ食堂」の存在がやたら気になる。こんな場所柄、入るのに勇気が居る店ばかりだが好奇心を前にはそうも言っていられない。で、店の表を見ると…

「バカはうまいよ つるかめ食堂」

などとも書かれており意味不明である。

この店に入ってみなければ最後まで意味はわからないだろう。

西成にある大衆食堂のようなノリの怪しげな店内のメニューは一見してもやはり意味が分からない。「ソイ丼」「健康丼」「元気丼」なる丼三種をはじめ「バカでアホでフラメンキン」など小馬鹿にされたようなネーミングのメニューに困惑する。

試しに「ポジャ丼」なるものを試してみたが運ばれてきたのはチキンカツ丼のようなものだ。しかし食ってみると外側がささみ肉、中から牛すじが出てくるという意味不明な味のコラボレーション。500円で食えるのだから文句は言えない。

写真がないのは、撮ろうとしたら店の婆さんに制止されてしまったためだ。

あと、ソイ丼などビジュアル的に総じて食欲が沸きそうにないメニューばかりだし、食事する場所としてはやはり素人向きではない。きっと食事よりも安酒を飲みに使うのが正しいのかも知れない。

他にも色々DEEPな店がある「思い出横丁」だが、詳しくはまた次の機会にやろうと思う。それまでにまた大火事で焼けてしまわない事を願わずにはいられない。新宿最後の駅前闇市横丁よ消える事なかれ。


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