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東京DEEP案内10年目、本気の書籍化!消去法であぶり出す「住みやすい街」探しの新バイブル、街のネガティブ情報大全。発売たちまち3万部突破の大衝撃!首都圏在住者、不動産関係者が大注目!

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オウム真理教東京総本部が入居していた南青山「旧マハーポーシャビル」が解体され始めた件

オウム真理教東京総本部が入居していた南青山「旧マハーポーシャビル」が解体され始めた件

1995年3月20日に発生し、日本はおろか世界を震撼させたカルト教団・オウム真理教による無差別テロ「地下鉄サリン事件」から20年の節目を迎えた訳ですが、当取材班はふと思い返して、オウム真理教がかつて「東京総本部」として一棟まるごと教団施設に...

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立ち退きで虫の息状態となった芝浦四丁目「高浜橋バラック」の現在の姿をご覧下さい

立ち退きで虫の息状態となった芝浦四丁目「高浜橋バラック」の現在の姿をご覧下さい

東京都港区芝浦四丁目、JR田町駅、品川駅、京急泉岳寺駅、どの駅からも徒歩10分以上離れた場所にある「高浜橋」のたもとに、芝浦運河に沿って戦後のドサクサで生まれたバラック村が今日まで生き続けてきた。在日朝鮮人を中心に貧困層がこの土地になだれ込...

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東京の都心で自力でビルを建てている人がいる件…三田聖坂「蟻鱒鳶ル」を見物してきた

東京の都心で自力でビルを建てている人がいる件…三田聖坂「蟻鱒鳶ル」を見物してきた

世界的に有名な建築家アントニ・ガウディが手掛けたスペイン・バルセロナの聖家族贖罪教会「サグラダ・ファミリア」は着工から130年、本人の没後も細々と建設が進められてきた未完作品であったが、近年のIT技術の進歩とやらで、2026年の完成が宣言、...

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お台場に浮かぶ幕末の戦争遺跡「品川台場」 (3)

幕末の戦争遺跡「品川台場」を今なお留める唯一の史跡・第三台場。全部で8つあった台場のうち一般人が立ち入り出来る唯一現存するものがここだけになっているので、貴重な存在だ。 8つの台場は第一台場から第七台場、それに御殿山下台場があったが、今な...

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お台場に浮かぶ幕末の戦争遺跡「品川台場」 (2)

カップルや観光客がそぞろ歩きで蠢くリア充全開ゾーンの目と鼻の先に幕末の戦争遺構がしっかりと残っている。それは「お台場」の本来の姿。外国船から江戸を守る為に徳川幕府が建造した8つの人工島の生き残り。 お台場海浜公園から地続きとなっている「第...

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お台場に浮かぶ幕末の戦争遺跡「品川台場」 (1)

芝浦と台場を結ぶレインボーブリッジ、橋を渡った先のお台場はリア充カップルと中国韓国観光客の巣になっていて実にどうでもいい場所だが、遊歩道「レインボープロムナード」のサウスルートから見る風景が面白いのでお伝えしたい。 建設当時は観光用遊歩道...

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芝浦-台場「レインボーブリッジ」を歩いて渡る (2)

レインボーブリッジを徒歩で渡るために芝浦埠頭までやってきた訳であるが、芝浦側から徒歩で橋を渡る為のルートは、都合よくエレベーターが用意されている。 そのエレベーターへ続く玄関。ケーブルを支えるアンカレイジの部分がビルになっているのだ。元々...

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芝浦-台場「レインボーブリッジ」を歩いて渡る (1)

芝浦とお台場を結ぶレインボーブリッジを歩いて渡ろうと考えるのもマニアックな暇人か夜景好きな人くらいしかいなさそうな気がするが、そういえば今まで徒歩で渡るという事は無かったなあと思い、JR田町駅からとことこ歩いてレインボーブリッジのたもとまで...

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芝浦花街の痕跡・旧芝浦見番(協働会館)

芝浦界隈は江戸時代に遡ると江戸前の小さな漁村で潮干狩りなんぞを楽しむ行楽地だった。さらに魚市場まであって新鮮な魚介類が扱われていた事もあって、芝浦には料亭が立ち並び明治時代からは花街としても賑わったという歴史のある場所。 それが戦時中、戦...

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浜松町・東京三大スラム「芝新網町」を訪ねて (2)

明治の貧民窟、東京三大スラムの一つ「芝新網町」の痕跡を求めて浜松町二丁目あたりをふらふら歩いたが結局めぼしいものもなかったため、とっとと金杉橋を渡って南側の芝一丁目付近を歩きながら、芝浦花街のあった場所辺りまでを見物する事にした。 浜松町...

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浜松町・東京三大スラム「芝新網町」を訪ねて (1)

JR浜松町駅前から東海道、国道15号第一京浜を南に向かうと金杉橋がある。今の住所で言う所の港区浜松町二丁目付近。明治時代に生まれたと言われる東京三大スラムのうちの一つがこの土地にあった。当時は「芝新網町」という地名で、四谷の鮫河橋、上野の下...

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青山霊園周辺 (5) 在日米陸軍地区「ハーディ・バラックス」

青山霊園の周辺を散策するつもりで来たが、六本木通りまで出てしまうとそこは年がら年中喧騒に包まれた六本木の繁華街である。 六本木と言えば夜の街で、日本人も外人も羽目を外してはっちゃけている怪しいセレブタウンといった印象が強いが、西麻布まで来...

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青山霊園周辺 (4) 長谷寺と笄川の暗渠

衝撃的なオンボロ木造家屋群を後にし、青山霊園の脇から西麻布交差点に向けて続いている笄川の暗渠に沿って歩いて行く事にする。 まったくもって西麻布らしからぬボロ長屋の連発である意味カルチャーショックを受けてきた訳だが、近所には昔から続いている...

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青山霊園周辺 (3) 西麻布二丁目ボロ木造家屋群<後編>

港区西麻布二丁目(麻布笄町)、外苑西通り脇の一角に突如として現れる戦後のドサクサ感満載のオンボロ木造家屋群。それは巨大墓地青山霊園に隣接し、暗渠と化した笄川に沿って立ち並んでいる。 おそらく戦後長らく続けられていたであろう庶民の生活様式が...

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青山霊園周辺 (2) 西麻布二丁目ボロ木造家屋群<前編>

ひたすら広大な青山霊園の敷地を跨いで、墓地西側を通る外苑西通りに出てきた。この一帯の住所は南青山四丁目と西麻布二丁目になっているが、昔は「麻布笄町」と言っていた。外苑西通りを挟んで青山霊園側と西側の住宅地は高台で、外苑西通りに沿った一部のみ...

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