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【ほぼ埼玉】大江戸線の延伸を渇望する練馬の外れ「土支田」には何があるのか

東京都23区の最も西側に位置する「練馬区」、人口73万人を数え、都内では世田谷区に次ぐ人口を誇る住宅都市である。しかし練馬区民の足と言えば長らく「西武線」一本であり、地下鉄を除けばJRや他の私鉄も未だに存在しない。(厳密には北町に東武東上線が掠めているが、練馬区内に駅はない)

だが90年代にようやく都営地下鉄大江戸線が開通する(開業当時は都営12号線)に至り、この大江戸線のお陰で練馬区民が新宿方面に行きやすくなり、人口増加に拍車が掛かった訳だが、終点の光が丘から先は長らく延伸計画が挙がっているものの、未だに着工すらしていない。

大江戸線が将来的に延伸した場合、光が丘駅の次に駅が建てられる場所となっているのが練馬区の最果てにある「土支田」(どしだ)という地域。環八から埼玉方面に分岐する笹目通りに入った先の、都県境に接する街である。土支田交差点のすぐ先はもう埼玉県である。

ドシダという、まるで韓国の調味料のような芋臭い読み方の地名もユニークでしょうがないんですが、その昔この地に「土師器」を作る人々が住んでいた事が地名の由来だそうで、この周辺の光が丘や旭町、大泉町のあたりまでが昔の土支田村の範囲で、現在の土支田一~四丁目はかつての土支田村の一部である。

大江戸線「土支田駅」建設予定地を見に行こう

笹目通りの高松六丁目交差点から西側に伸びる、近年整備されたばかりの新しい道「補助第230号線」に入っていく。600メートル程西に進んだあたりの、大きな木のあるこの空き地こそが練馬区土支田住民が渇望している地下鉄大江戸線土支田駅(仮称)の駅前広場予定地となっている。

地下鉄大江戸線の延伸の前提となるのがこの「補助第230号線」を建設する事だったのだが、用地買収が難航した挙げ句、2012年7月になってようやく笹目通り側から土支田駅予定地の部分まで道路の共用が始まっている。歩行者と自転車に分けられた幅広歩道もある非常に快適な道路である。

都営大江戸線の建設はこの道路の下を掘る形で進められるが、今の所着工している様子は全くない。土支田駅の次の大泉町駅、大泉学園町駅(ともに仮称)、さらに都県境を越えた先の埼玉県新座市もそれぞれ同様に地元住民が猛烈なラブコールを送っている。そういえば大江戸線を東所沢まで伸ばすとか言ってたように覚えてますが、実現したとしても新宿まで何分掛かるんだよ。

この練馬の外れの街、公共交通機関を使うと現状では光が丘駅から出ている路線バスくらいしか来られる方法はない。笹目通りまで出ると成増なり吉祥寺なりに出るバスが走っているが、住むなら自家用車かせめて自転車でもないと辛い地域だ。

農業が盛んな練馬区の日常風景が見られる街・土支田

そしてこの土支田という地域も、駅前予定地にのっけからぶどう農園があったり、練馬区の外れならではのアグリカルチャー感が容赦ない。練馬の外れの大泉地域からこのへんに掛けてはそこらじゅうに農地が残っていて、23区内とは到底思えない。

練馬区だけで東京23区内のうちの4割という圧倒的な農地面積を持っている、その特色が現れている地域の一つであると言える。街のあちこちにこのような「生産緑地地区」が設定されていて、都心へ通う勤め人の住む戸建て住宅と農民が畑を耕す農地が隣り合っている。

補助第230号線が開通するまで土支田のメインストリートだった「土支田通り」。笹目通り土支田交差点から入ると道沿いに古い商店が立ち並ぶ。関越道もしくは外環道の大泉インターにも近いので車があれば交通便だけは良いのだが…

練馬区には滅法多いイオン系のディスカウントストア「アコレ」があったりするので住民の所得程度はそれなりだろうと察して良い。土支田、大泉町、西大泉といった練馬区の外れは地価も非常に安く、ちょっとお給料の良いサラリーマン家庭が「埼玉に都落ち」せずにギリギリ戸建て住宅を建てられる。

ギリギリ都内で踏ん張れる最前線とも言える練馬区土支田、アパートの名前まで「メゾン・ド・シーダ」と投げやりである。

歩道橋から小学校まで、いろんなものが“ホウケイ”な街

練馬区土支田には「豊渓小学校」「豊渓歩道橋」という、読みだけを見るとなんだか恥ずかしくなってしまう地名が付いた場所がいくつもある。成増寄りの旭町に「豊渓中学校」もあるが、この地域に広く用いられている「ホウケイ」地名。現地の起伏に富んだ地形やその字の通り、豊かな渓(谷)から来ている地名らしいが、ここの小学校の出身者はさぞかし弄られるに違いない。しかし学区の関係で、豊渓小の生徒が豊渓中に進学することは基本的にはない。

どっちが東京でどっちが埼玉なのか分からない土地

練馬区土支田は埼玉県和光市と隣接しているのだが、その都県境は川や道路を隔てて引いてある訳ではなく、民家と民家の間や狭い路地なんかに引かれている。ここなんか手前の畑が土支田四丁目、奥に見える高層マンションが和光市白子一丁目となっていて、東京と埼玉の見分けがてんでつかない。

一見すると都県境かと思う「白子川」。上流は練馬区にあるが、そこから下流域は成増あたりまでびっしり都県境地帯となっていて、最終的には板橋区三園で新河岸川に注ぐ一級河川だが、とりわけ白子一丁目の南側が白子川を大きく越えて練馬区側にめり込んでいるのが地図で確認できよう。

そして練馬区立八坂中学校の裏手にあたるこの一画だけ、川沿いに建つ向かいの戸建て住宅群のみが「和光市南一丁目」でその両側が「練馬区土支田四丁目」と「練馬区大泉町一丁目」である。

都県境を色分けするとこの通り。東京の中に埼玉がめり込んでいる。しかも川沿いの低地でここだけ埼玉という土地だと、恐らく地代も幾分か安くなるのではないだろうか。何も土支田や西大泉町に限らず練馬・板橋の都県境ゾーンではこんな場所がゴロゴロある。

基本的に都県境というのは穏やかなエリアではない。警察救急消防の管轄も全て違ってくる。警察沙汰があった時など、咄嗟の時に困るのは承知で住む事になるし、練馬と和光のヤンキー軍団が都県境を隔てて睨み合っている。練馬も和光も中堅家庭が多い街だとは聞くが、他人の所有物であるシャッターに平気でスプレーで落書きしていくクソヤンキーに関しては大してレベルの違いはないように思える。

それでもギリギリ東京都内というこの土地で長らく歴史を見守ってきたであろう、土支田四丁目の一角にひっそり佇む、土支田村の鎮守「土支田八幡宮」。将来地下鉄大江戸線が開通すればどう変わっていくのだろうか。呑気な田舎臭い街のままか、果たして…


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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