東京という土地は首都という性格もあって街の新陳代謝が激しく、再開発やら何やらで古い建物はどんどん壊されていくし、つまらない没個性的なマンションばかりになっていくのでどうにも腑に落ちないのだが経済優先も度が過ぎると問題がありますね。
そんな東京の各所でひっそり佇む、建物自体が異界の城か古美術品かと思える「日本のガウディ」こと梵寿綱氏が建てたビルの数々はその多くが70年代後半から80年代に建造された結構な年代物であるにも関わらず、あまりに前衛的過ぎるそのデザインに古さを全く感じさせない。最も有名なのは早稲田鶴巻町にある早大キャンパス門前にある「ドラード早稲田」だが、実は池袋にもそんな梵寿綱建築があるというので見に来たのだ。
池袋駅東口を降りて真正面のグリーン大通りを少し歩いて右に折れると「本立寺」というでかいお寺がある。山の手三大ターミナル駅の一角を占めるはずの池袋の駅前とは思えないだだっ広い墓地があってなかなか異界の入口としては良いロケーションである。雑司が谷霊園といい四面塔といい、巣鴨プリズンの跡地に建てられた巨大な墓標に見えるサンシャイン60といい、どうにも池袋という街は隠し切れない「負のオーラ」を漂わせていて、非常にそそられる街だ。
池袋にある梵寿綱建築は3つ。そのうち2つが本立寺近辺に建っているのだが、まずは本立寺の真向かいにあるこちらの雑居ビル。厳密には「東商ビル」という名称だが、「ヴェッセル:輝く器」という作品名が付けられている。一見極普通の飲食テナントビルで間口の狭さもあって外観も地味な小さなビルなのでうっかり素通りしそうになるが、壁をよく見ればステンドグラスが埋め込まれたパネルになっている。
足元の躓きそうなポジションにカエルの置物があって地味に異界感を演出している。このカエルに何の意味があるのかはよく分からないが、酔っ払っても無事カエルというやつでしょうかね。そういう解釈にしときましょう。
頭上にはお天道様も顔を覗かせている。他の梵寿綱作品と比べるとやはり控えめなようにも思えるけどじっくり観察すれば、やっぱ変だなあと感心する事請け合い。ちなみに1990年築だそうで、割と新しいめですね。
エントランス付近は銀色の装飾が多用されているのが特徴で、まるで白黒写真かと見紛うような状況。
エレベーターの扉まで銀一色でピッカピカになっております。まあ「東商ビル」に関して見るものとしてはこんな所でしょうか。それよりもすぐ近くにもう一つ梵寿綱建築があってこっちがメインなので早速見に行こう。
角地の目立つ所に建てられたもう一つの梵寿綱建築、ここも一階部分は飲食店が入っているが、「平喜屋」の看板の通りこちらは酒販業者が所有するビルになっている。正式名称は「ルボワ平喜南池袋ビル」と申します。外観の模様が何とも異界チックで素敵ですね。
まるで魔王の城かよと思わせるこの目玉のような意匠に注目。睨まれたら石化しそうな勢いですねこれは。さすが酒販業者のビルだけあって、一階の一部は酒販倉庫になっている。ちなみに平喜屋さんは板橋区高島平(西台駅近く)にも同じ梵寿綱建築で全く同じ「ルボワ平喜」の名称の賃貸マンションがある。
このビルは二階以上が賃貸マンションになっていて、これまた凝りまくりなデザインのエントランスが口を開けている。せっかくなのでお邪魔させてもらいますね。
中に入るとエレベーターホールと集合ポストがあり、魔王の城の内部にふさわしい怪しげでゴッテゴテな内装が施されている。特に天井一面に施されたモザイクタイルがキテますね。壁の間接照明が当たって様々な色の乱反射が起きており場の雰囲気を更に怪しくしている。
モザイクタイルが敷き詰められた天井もただ平べったい天井という訳ではなく、途中から垂直にカーブしていたりと様々に変化を付けている。原色系と金色のタイルが多用されているのでギラギラ感が半端無く、中南米の古代文明の装飾を彷彿とさせる。
インカかマヤか知らんけどエル・ドラード感半端ないモザイクタイルの配置。まあこんな感じのイメージですわな。
壁には穴の空いたパイプが垂れ下がったような装飾が大量にあって間接照明を当てられ、蓮コラにも似た有機的な不気味さを奏でている。
そして待合用に置かれているらしいベンチも人の形をしていて、あんまり座りたくないデザインです。なお、こちらのマンションの作品名は「斐醴祈:賢者の石」…ゾーマとかバラモスとか住んでても違和感ないです。賢者の石は出来れば欲しい所です。
こう見えても、この建物自体「1979年築」だというので凄い。以前訪れたドラード早稲田(和世陀)は1984年築だが、梵寿綱作品の特殊性が際立ちすぎていて古臭さが全く感じられないのだ。未だかつて他に肩を並べるインパクトを持った建物が見当たらない。