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JR山手駅前「根岸外国人墓地」に眠るGIベビー達

外国人居留地があった横浜には4ヶ所の外国人専用墓地がある。特に有名なのが観光名所としても知られる山手の外国人墓地だが、他には保土ヶ谷区狩場町にある英連邦戦死者墓地、中区大芝台にある中華義荘(南京墓地)、そしてもう一ヶ所がJR根岸線山手駅に程近い場所にある「根岸外国人墓地」だ。
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一方で観光化された上に風光明媚で、比較的功績を残した人物が埋葬されている「山手外国人墓地」とは打って変わって、この根岸外国人墓地というのがまるで見捨てられたかのような佇まいで居るという事を聞いて以前から気になっていた。最寄りの根岸線山手駅の改札を出ると、目の前には随分せせこましい駅前風景が現れる。


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山手駅前から線路沿いに南に向けて歩くとものの1分少々で根岸外国人墓地の場所を示す看板が突っ立っている。高台の崖下に墓地が広がっており、その真上には横浜市立仲尾台中学校の校舎がある。
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案内通りに路地に入ってしばらく歩くと突き当たりに墓地の入口がある。観光名所である山手外国人墓地と比べても、何とも言えぬ陰鬱な空気に包まれている。そりゃ墓地だからしょうがないけどさ。
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墓地の入口前には丁寧な解説のついた案内板があるのでそれで概要を知る事が出来る。幕末期に作られた山手外国人墓地が手狭になった事で新たに明治13(1880)年に根岸外国人墓地が作られたが、本格的に使用され始めたのは明治35(1902)年、横浜市に管理が移管された以降と考えられる、とある。
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案内板の説明書きで気になるのが「考えられる」「とも言われ」などと言葉を濁している点だ。戦時中に資料が消失した事でこの墓地についてのそれまでの詳細な経緯が分からなくなってしまっている為だ。崖上にある仲尾台中学校歴史研究部の顧問や生徒の研究によって調査が進められているのだが、それでも不明な点が多いらしい。
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墓地内に足を踏み入れる。外国人墓地の敷地はそれほど大きなものではない。そして並んでいる墓の数々も放置され気味な感じがする。墓参りに訪れる遺族の姿は居ないようで、花束が手向けられたりという事もない。忘れ去られた異国人の墓などそんなものかも知れないが。
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現在も160基ほどの墓が確認されており、分かっている範囲では1200名程の外国人がこの土地に埋葬されていて、その中には関東大震災で被災した犠牲者も含まれている。
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墓標の下には死因まで書かれているものもある。このへんは日本の墓とは少し趣きが違っているような気がする。「DIED IN THE GREAT EARTHQUAKE」だなんて、分かりやすい英語である。関東大震災の犠牲者だ。
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てっきり外国人墓地だと言うので十字架型の墓が多いのかと思いきや、そうでもなかった。柱状の珍しい形の墓がある。
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そして西洋人に限らず中国人っぽい人物の墓もある。外国人の墓は概ね個性的だ。ここと山手の他にある2ヶ所の墓地もそれなりに立派な作りになっているのだが、いかんせんこの墓地だけはどこかしら見捨てられたような暗さが漂う。
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この根岸外国人墓地においては墓がまだちゃんと残っていればいい方で、高名な外国人が埋葬される山手外国人墓地とは違ってこちらは「庶民的」で、まともな墓すら建てる事の出来なかった外国人も多く眠っている。1200名程が埋葬されているというのに墓の数が合わないし。
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墓標には埋葬者の氏名と誕生日そして死没日がきっちり刻まれている。見てみると1845年生まれだとか相当昔の人間だったりする。そして共に埋葬されている妻の名前が日本人である事も非常に多い。
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開国後の横浜においては日本人妻を持つ外国人も大勢居たが、外国人と結婚する女性は社会的にも疎んじられ「らしゃめん(洋妾、羅紗緬)」呼ばわりされていた。幕末から終戦後の時代までは外国人との結婚はただならぬ風当たりの強さがあったのだ。
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そうした「世間の目」もあり、特に戦後のGHQ占領下にあった日本では自由恋愛であれ赤線地帯での火遊びの末であれ米兵と日本人女性の間に出来たハーフの子供は「GIベビー」と呼ばれた。混血児として好奇の目に晒されるGIベビーの中には社会的な差別の結果、芸能界を目指す者もいた。
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望まれず「GIベビー」として生まれた子供を親が人知れず殺してしまい「死産」として扱われ遺棄された嬰児の亡骸がこの根岸外国人墓地に多数眠っているというのだ。その数、800~900体。そのGIベビーを弔う為の慰霊碑もある。
根岸外国人墓地に眠るGIベビーについてはノンフィクション小説「天使はブルースを歌う」(山崎洋子著)の中で詳しく触れられている。
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思えばこの外国人墓地を包み込むような重苦しい空気の正体は、一人の人間としての人生を歩みだす事すら許されず無念の中で死んでいったGIベビー達の怨念なのかも知れない。
仲尾台中学校に近い側のもう一段高い丘の上にも沢山の墓が並んでいた。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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