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市川市行徳 (1) 東西線行徳駅前

最近地下鉄東西線率の激しい東京DEEP案内取材班。浦安から西船橋までの所謂「千葉メトロゾーン」の街並みは都内の江戸川区あたりと何も変わらない住宅密集地と化している。
かつては干拓地で海苔やアサリ漁、塩田などで生計を立てていた純田舎地帯だった浦安・行徳エリアも今ではその多くが微妙な住宅地だ。

行徳エリアの中心的な駅として位置する東京メトロ行徳駅。今回の街探索はこの駅から始まる。



浦安、原木中山、西船橋と同じく昭和44年3月の東西線開通時に開業した駅の一つで、開業当時は一面が泥田に塗れた土地で、駅に汚れた靴を洗う設備があったと言う程の田舎町だった。

江戸時代から明治にかけて、旧下総国・上総国で最も広い塩田を持ち、塩が盛んに作られてきた行徳の街。未だに塩浜や塩焼といった地名に名残りを残している。
古くは中山法華経寺に至る街道にあって、寺町として賑わった街だ。「行徳」の地名も、室町時代に徳のあるお坊さんを「行徳さん」と呼んでいた事に由来する。「家百軒寺百軒」と地元では言われてきた程に現在も寺が多い街なのだが、それは駅北側の旧江戸川沿いの一帯、行徳街道に沿った旧市街地にあたる。今回は反対側の駅南側一帯を散策した。

駅前正面にドンキホーテがあるなど微妙な栄え方をしている行徳駅前。手前の葛西や西葛西あたりもDQN率が高いが、千葉県側に入ると途端に家賃相場が下がるのかしてその傾向が強くなる。で、やっぱり微妙な身なりの外国人も多い。湾岸道路から向こうの工業地帯や物流センターで働く労働者も数多く住んでいるからだ。

まあそれなりの環境の街なのでそれなりに「風俗環境浄化重点地区」という看板が千葉県警察によって建てられるような状態が行徳駅前の現状といった所。やっぱり夜な夜な「オニイサンマッサージキモチイイヨ」などと客引きをする外国人ババアが出没するのだろうか。

だが全国的に行徳の地名を知らしめたのが、2年7ヶ月に及ぶ逃亡劇を繰り広げた、というか千葉県警察の凡ミスで犯人を捕り逃した「英国人女性死体遺棄事件」。2009年11月、大阪南港フェリーターミナルの待合室という微妙な場所で犯人は取り押さえられた訳だが…

犯人の市橋容疑者と被害者のイギリス人女性は何度もマスメディアによってセンセーショナルに取り上げられた。テレビの番組改編期恒例の未解決事件ファイル系の特番でもしょっちゅう彼の顔が映ったビデオが全国放映されるなどして、事件そのものよりも、そうした一連の出来事に関心が集中した。
最後に被害者が犯人と一緒に映っていた防犯カメラの画像が記録された喫茶店が行徳駅前北口のドトールである。関係ないが、この店が首都圏でもたった3軒しかないレアな「ドトールコーヒーハウス」だそうだ。(一般的なドトールは「ハウス」じゃなくて「ショップ」の方)

市橋容疑者がいつも歩いていたと思われる駅前の道に沿ってぶらぶらと探索してみることにした。行徳駅南口はマルエツを中心に微妙な古い商店街が駅前公園までの間に続いている。

開いているのかいないのかよくわからない店がずらりと並んでいるが、一部では下町らしくお惣菜を売る店も現役で営業していて、日常的な買い物には不便しなさそうだ。

行徳駅前には大型スーパーは駅北口に西友が一軒あるだけで、南口にはこうした古い布団屋が残っているなど、総じて変わり映えのしない街並みが続く。

しばらく歩いていると、この商店街の名前が浦安と同じ「フラワー通り」である事に気づいた。偶然に付けたテキトーなネーミングが被っただけなのかよく分からないが、浦安のフラワー通りと同じく、微妙に華やかさに欠けた所が共通している。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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