八丁堀・新富町 (3) 湊二丁目の地上げ廃墟地帯<前編>

日比谷線八丁堀駅と有楽町線新富町駅の間、隅田川沿いに広がる中央区湊の下町ゾーン。しかしその一画がバブル期による地上げ屋の暗躍で街が虫食い状態になってしまい凄まじい光景を見せている。

明らかに異様な街並みを見せているのは鉄砲洲児童公園から南東の隅田川寄り、湊二丁目の一帯。古い長屋やバラック家屋に混じって空き地にはまるで何かのオブジェのように2層式の立体駐車場が置かれている。



残った建物を見ても、全身をトタン板でコーティングした奇妙なバラック風の家屋で、良く見ると倒壊防止のためか支え木が建物の横手に仕込んである。見るからに危なげだ。しかも3階部分はどう見ても建て増している。

怪しげな家屋を見ると、どうやら町工場の跡だったというのが分かる。ここ湊町界隈は中小の印刷工場が立ち並ぶブルーカラーの下町だった。

その横にも、ずらりと並ぶ立体駐車場群。置かれて相当年数が経っているせいか、そのどれもが錆だらけで、全く使われている様子がない。地上げ屋の領地であることを誇示するかのごとく並ぶ異様さ。

殆どが駐車場用地にされてしまい、ポツポツと残った民家の多くは既に引き払われたようで生活の臭いすらしない。

この界隈は中央区内でも珍しく戦災を免れた下町で、戦前から続く町工場と家々が独特の風情を残していた。隅田川に近く眺望の良い一帯で、バブル期に一斉に地上げ屋の攻勢を食らい、それでも住民が抗い続けた末の風景がこれ。
隅田川の向かいの佃島あたりは容赦なくタワーマンションだらけに変わっているが、この一帯も同じような景色に変わっていても不思議ではなかったわけだ。

昔ながらの長屋が歯抜け状態になってしまっているが、以前なら月島の路地裏で見られるような風景があったのだろうか。

もう一軒、製本工場があった。まだ生活を続けているようで、工場兼住居の横に植木鉢が並んでいた。その向こうは既にマンション街に変わってしまっている。

地上げ屋に相当やられてしまっているものの、この界隈では奇跡的に戦前の街並みがそのまんま残っている。既に廃墟と化しており玄関は板が貼りつけられていた。継ぎ接ぎされた錆だらけのトタン板、木材で組まれたバルコニーは風化しかかっている。

バラック家屋だけではなくコンクリート製の雑居ビルも残っているが、やはり容赦なく老朽化しまくっている。荒廃しきった街並みはいつまで放置され続けているのか定かではない。そして、目の前にあるのは地上げ屋占領軍が置いた立体駐車場。

この湊二丁目界隈、バブル期の地上げ攻撃に次いで、街の再開発計画が迫っている。歯抜け状態の土地をUR都市機構が区画整理した上でマンション街に作り替えようとしている。廃墟同然の街を歩いていると、このようにUR都市機構の事業用地であることを示す看板をちらほら見かける。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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