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埼玉県日高市・古代朝鮮渡来人の郷「高麗」 (5)

埼玉県日高市に滅亡した古代朝鮮の国・高句麗から来た渡来人の生き残りが開いたとされる「高麗郷」という街がある事は以前お伝えしたのだが、再度訪問するきっかけがあったので新たなレポートを加えたい。
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西武池袋線で終点の飯能まで向かい、さらに秩父行きの電車に乗って二駅、高麗駅で降りた所で秋の風物詩「巾着田の曼珠沙華」を見に訪れる観光客の姿(高齢者が多い)に混じって街を歩き出す。高麗駅前の朝鮮トーテムポールもとい将軍標の存在感が相変わらずぶっ飛んでいる。


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駅から徒歩15分程度で巾着田を通り過ぎ、さらに30分程度歩いた所に高麗神社、そこから20分程度歩くとJR八高線と川越線の高麗川駅に至る。約4~5キロくらいあるだろうか。
西武高麗~JR高麗川までの区間はちょっとしたハイキングコースみたいなもので、終始周りの風景は東京から1時間ちょいで来れるとは思えない純朴な里山の景色が広がっているのみだ。
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高麗神社の手前まで来ると、山側にかなり立派な寺がそびえているのが見えてくる。高麗山聖天院勝楽寺。単に聖天院(しょうでんいん)と呼ばれる。やはりここも古代朝鮮高句麗の王、高麗王若光の菩提寺で奈良時代に創建された古い寺だという。実は高麗神社のすぐ近くにあったのだが、前回訪問時にはすっかり見逃していた。
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で、この寺の門前にも高麗神社や高麗駅と同じように将軍標が両側に建てられている。
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長い年月を経てすっかり黒ずんでいる立派な山門は鎌倉あたりにある寺に匹敵するほどの威厳を保っている。将軍標などが無ければ本当に普通の寺院にしか見えない訳だが、参拝者の姿を見るとたまに韓国語を話す人の姿がいたりするので、さすが古代朝鮮の里・高麗郷といった所だ。
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山門の右脇には高麗王若光の墓とされる高麗王廟がひっそりと佇む。傍らに韓国国花のムクゲが植えられている。
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大きめの祠といった建物の中に石で積み上げられたような墓が置かれ、手前には賽銭箱。日本の寺社でよく見かける千社札もベタベタ貼られているが、供え物にはマッコリが置かれていたり、日本のものなのか朝鮮のものなのかよく分からないテンションだ。
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周囲に掛けられた絵馬を見るとハングルで書かれたものが多い。高麗神社の絵馬もそうだったが、ぺ・ヨンジュンだの東方神起だの書いているファンの絵馬がやたら目立つ。
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山門を潜った先の長い階段を登るとその先が有料ゾーン。拝観料300円が必要となる。やはり鎌倉みたいなノリだ。
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こういう場所柄なのか拝観料徴収の旨を示す看板も韓国語併記になっている。いかに韓国人が多く訪れる寺なのかという事が分かる。
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受付の坊さんに拝観料を支払い中へ入ると、立派な日本庭園があったりと風景は典型的な日本の寺だという他ない印象。
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庭園の傍らには「雪山」と記された石灰岩の塊が山肌を覆っているのが見える。造成中にたまたま出てきたものらしい。
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さらに階段を登って上に行くと本堂へ至る。上から見ると結構な高さがあってなかなかの迫力。
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本堂の向かいの見晴らし台から高麗丘陵を一望でき、さらに遠目には都内や所沢あたりのビル群がかすかに見える。こんな場所でも一応まだまだ東京通勤圏なのだ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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