代田橋の激狭暗渠歩道「玉川上水緑道環七横断地下道」と戦前築ボロ下宿の表札

世田谷区

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世田谷区 代田橋

玉川上水緑道公園の端は、東京都区内外周部を巡る幹線道路「環状七号線」があり、暗渠上公園もこの環七によってぶった切られているのだが、そこにはなんと地下道が通されているのだ。しかもかなり古ぼけた佇まいである。

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地下道の入口を一見すればその狭さたるや尋常ではないものを感じさせる。それもそのはずで、暗渠化した玉川上水と環状七号線との間に無理矢理通した地下道なのでこういう事になったらしいのだ。

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歩行者と自転車のみが通行できるこちらの地下道、環七にある歩行者用信号は南北に100メートル離れた大原交差点か大原二丁目交差点のどちらかに回らないといけないので、近隣住民にとっては有用な近道になっているようだ。

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泉岳寺の高輪橋架道橋、通称「提灯殺しガード」のそれほど酷い低さでもないのだが、地下道内は無理矢理通したっぽい痕跡として環七の下を通る配管がかなり低い位置で地下道内を貫いており、ここに頭をぶつけないように注意する必要がある。

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そして地下道の内部も狭く薄暗くなんとも気味の悪い光景となっている。何とも言えぬドヨーンとした空気なのは公園だけでなかったようだ。夜間の女性の独り歩きはあんまりしたくない系ですよね。

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環七の下を潜り、すぐに階段が現れ地上へ上がる事になる。その先にもよくわからないアーチ状の鉄骨が…その形状からすると元々あった橋の橋脚だろうと思しき基礎部分を撤去しきれず残ったような感じのものになっているようだが…

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ここいらの玉川上水はどうやら昭和40(1965)年くらいにおおよそ暗渠化されてしまっていて、一方で地上を走る環七は昭和39(1964)年にあった東京五輪を契機に整備されていった。つまりその頃からこの状態が続いている訳ですな。

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だが、玉川上水が暗渠化される前から存在していた「大原橋」の欄干が環七沿いから見える場所にきっちり残っているのである。レトロモダンなデザインでございますな。 「昭和廿七年三月成」と書かれていた。

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ちなみに、すっかり暗渠化して見えない当の玉川上水だが、代田橋駅近くのゆずり橋付近でちらっと一部だけ地上に出ている区間があるので見に行きましょう。ここで玉川上水は和田堀給水所からの導水路と合流して新宿方面に流れていってるそうです。この付近は地下湧水も混ざっていて水質は割に宜しいとか何とか。

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随分レトロ風なデザインが特徴的な「ゆずり橋」だが現在の橋は1991年に架け替えられたものらしい。昔の橋は狭くて人が譲りあいながら渡っていた、という所から名前の由来が来ているそうで。

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…という訳で、川跡暗渠巡りが好きな方にはなかなか面白い街となっているのが代田橋駅周辺ですね。すぐそばの杉並区和泉にある玉川上水新水路跡のバラック建築群もなかなか壮絶だし、合わせて見て頂ければ東京のインフラの近代化を肌で感じられて良いのではないかと思われます。

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【おまけ】環七横断地下道の近くには玉川上水が暗渠になって泳げなくなったので足が生えてきたらしい半魚人がいたりします。


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