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【陸の孤島】団地だらけタウン八千代市の町外れにポツンと存在する「米本団地」を見に行った【家賃爆安】

先日公開した記事で、「千葉県八千代市」は昭和の高度経済成長期に市内各地に団地を造成して人口が急増したことに触れてきた。八千代台団地、高津団地、勝田台団地、村上団地とあるわけだが、それからもう一つだけ、街中から遠く離れた離れ小島のような所に団地がある。

それが「米本(よなもと)団地」という場所。八千代市の北部、旧印旛郡阿蘇村に属する新川(印旛放水路)沿いの高台に戸数3000超、100を超える中層住居棟が一同に連なる旧公団住宅(UR賃貸住宅)が広がる。昭和45(1970)年に街開きしていて、そろそろ半世紀に差し掛かろうかというレトロ感溢れる団地だ。

なぜこんな町外れに巨大団地ができたんですか

まず特筆すべきはこの米本団地がある場所だ。京成線の勝田台駅から北に5キロ近くも離れている。他の団地は比較的京成線に近い場所にあって、都内に通勤することもそれほど無理はない。だが米本団地は勝田台駅から15分間隔で運行している路線バスで20分掛けて来なければ辿り着けない、マジな“陸の孤島”だ。

ちなみに米本団地の入居が始まった昭和45(1970)年にそばを走る国道16号が開通している。日常的に車を使う生活を考えればさほど不便は感じないだろう。車で20分も走れば千葉ニュータウン中央だとか、超巨大ホームセンターや某ガラガラモールが鎮座する印西牧の原にも行けるし、南に走れば千葉北インターから東京方面にも出られる。付近には秀明大学(去年自殺した西部邁氏が教授・学頭を務めていた)、東京成徳大学というあまり聞き慣れない名前の大学のキャンパスもある。

この団地のバス停からは勝田台駅に加え、東葉高速線八千代中央駅にも行けるようだ。地図で見れば国道16号沿いにある北総線小室駅(船橋の陸の孤島と呼ばれる)にもそこそこ近いが、そこへ行く路線バスがあったのは昔の話。利用者が少なすぎて廃止されたらしい。団地自体あまりに周囲と隔絶されすぎているので、団地内にはどこにも行けず暇を持て余して座り込んでいる住民のご老人の姿が多い。釜ヶ崎や寿町で余生を送る方々の日常とそう大差なく思えてくる。

八千代という街自体、この団地の造成当時はまだまだ宅地化も行われず長閑な田園風景が広がっていたであろうし、土地ならごまんと余っていたはず。なのにこの「島流し」レベルの辺鄙な場所に大型団地を整備したというのは謎すぎる。それでも“磯村建設分譲地”よろしく長距離通勤を我慢するのが当たり前だった昭和の企業戦士が生きた70~80年代、新天地を求めて多くの人々が移り住んだのだろうが、都心に通っていたサラリーマン世帯はどれだけの割合で居たのだろう。なお、ここから東京駅に向かうと片道1時間半とかザラです。

死ぬほど土地が安い「八千代市米本」の物件相場

団地が建てられたのが昭和40年代ということもあって、その造りの「昭和ど真ん中」感が凄まじい。典型的な“オールドニュータウン”の風景が残っている。村上団地なんかと比べても築年数も古けりゃ駅からも遠い不便な立地、団地を管理するUR都市機構のサイトを見ると3K、45平米の空き部屋が概ね「3万円台前半」で貸し出されている。文句なしの激安価格である。年金暮らしやナマポ暮らしの“最後のセーフティーネット”の受け皿には適していそうだ。

今回は団地の北側のエリアしか見てなかったので、南側の戸建てエリアはスルーだったんですが、「八千代市米本」の戸建物件を確認すると土地200平米、建物100平米オーバーの新築が2390万、中古だと250万とか350万とかで買える。死ぬほど安いんですが、皆様、老後の“終の棲家”に如何でしょうか…

八千代市の地の果てにある団地の残念極まりない商店街

とりあえず団地の中央にちょっとした商店街もどきのようなものがあるのでチェックしてみる。カワグチというローカルスーパーがあるだけで、飲食店の類は見当たらない。これは見るからに相当しょぼい。なお、この商店街を境に南側は戸建住宅が立ち並ぶ新興住宅街で、北側がUR都市機構が管理する旧公団住宅と、全く様子が異なっている。

スーパーの買い物客が車を停める駐車場もあるにはあるが、ご老人が運転する軽自動車がほとんどで、地方の田舎町にやってきた感が半端ない。そしてスーパーが入居する建物の古いこと古いこと。ここは村上団地のようにスーパーが潰れても代わりになる場所がない。もはや団地のライフラインである。

そんな中で「常習者 迷惑駐車」と物々しい警告張り紙がワイパーに挟まれていた車両を発見。買い物客のための駐車場に不正駐車されたらかなわないのも分かるが、周辺の有料駐車場はかなり離れた場所にある上、そこへの案内が不親切極まりない。

よく見りゃスーパーの建物には「CO-OP」と書かれた看板の跡が残っているのが見られた。つまり以前はここに生協のスーパーが入っていたと思われるのだが、そんな生協が撤退するなんて珍しいケースのように思う。しかしまるで旧共産圏の風景を見ているような錯覚に陥る建物だ…

未だに7000人近い住民が暮らしているらしい米本団地の中央にある商店街、あとは床屋か美容室か整骨院、近所に肉屋や電気屋、パン屋がある他、団地の北側にセブンイレブンの店舗があったくらいだ。団地内だけで衣食住全てを賄うのは難しい。

その代わりここでも目に着くのが高齢者相手のデイサービス系のテナントの存在。団地が生まれて49年も経てばこうなる。駅にも工業団地にも近い村上団地と違ってここは僻地にも程があり、出稼ぎ移民でやってきたブラジル人にもそっぽを向かれている。

それから団地中の掲示板が「日本共産党」のポスターだらけなのも特徴的。普段ならこの手の団地は公明党と共産党が二分することが多いが、ここでは不思議と公明党が全く見かけられない。さしずめ共産党支持者の大票田か。

団地住民の“信仰心の厚さ”を伺わせる、部屋の窓の外に政党掲示板を置いちゃうお宅シリーズ。米本団地でもちょいちょい見かけますが、ここもやはり日本共産党オンリー。三色旗の類や「公明党なっちゃんポスター」は皆無です。

高齢者だらけかと思いきや幼稚園・保育園も揃っている

南北に長い米本団地を貫く並木道のメインストリートは歩行者専用。随分と幅広く取られていて開放感がある。団地住民の普段の散歩道にもなっているわけだ。端から端まで歩くと10分くらいはかかる。

そんな“散歩道”を見物すると、そちらこちらに日向ぼっこをしながら寄り集まる団地住まいのご老人の姿が。ちょうど桜の開花時期に行った事もあってか、そこらじゅうが敬老お花見会場と化していました。こうした団地でこそ高齢化社会の最先端が見られるわけでして…

このメインストリート沿いに銀行だの郵便局だの公民館だのが並んでいて住民の便宜を図っている。こんなところにある銀行が大手メガバンクなわけがない。「千葉興業銀行」の支店である。もはや“ちばぎん”ですらないというのがポイントだ。

あとは「八千代市役所米本支所」。車を転がすのもおっかない高齢者住民にとっては市役所に行くのも大仕事なので、支所くらいは欲しいところだ。

米本団地住民のコミュニティセンター的存在「八千代市立阿蘇公民館」。昔は印旛郡阿蘇村といったそうだが、戦後の昭和29(1954)年に旧八千代町の一部に編入されている。

高齢者だらけになっていそうな米本団地の中にも、意外な事に幼稚園が3つも設置されている。そのうちの一つ、何やらキリスト教会みたいな建物があるかと思ったら、社会福祉法人愛の園福祉会が運営する「マリヤこども園」、やはりキリスト教系である。

幼稚園(認定こども園含む)は多いが小学校はというと…ちょっと微妙そうだ。八千代市北部の阿蘇地域では子供人口の減少で統廃合して小中一貫校を建てる計画があり、そうなると米本団地内にある二つの小学校が無くなってしまうらしく、団地住民の掲示板には反対の声が見られる。寂れた団地が外国人集住地域になるのがお決まりのパターンになりつつあるが、さすがに米本団地ほどの僻地は将来どうなるのだろう、想像もつきませんね…


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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