記事を人に教える

2011年9月末で休館!お台場「船の科学館」メモリアル (2)

記事を人に教える

【キュレーションメディア等、他サイトへの記事中の文章・画像無断転載厳禁】

その昔まだ「お台場」とすら呼ばれず13号埋立地などと言われていた時代に出来たのが船舶・海上関連の博物館として建設された「船の科学館」である。
30-770.jpg
そんな船の科学館が1974年の開館から37年が経過した今年2011年9月末をもって、施設の老朽化などを理由に休館するという話になった。そのまま船をあしらった奇抜な建物は東京湾の海上からもよく見渡せる。しかも展望台は遠目に見ると、まさしく灯台そのものだ。
船の科学館がある場所は「お台場」の一部分で、ゆりかもめの駅もあるが、住所を見るとここと隣接する潮風公園とを合わせて「品川区東八潮」になっている。お台場こと臨海副都心は港区、江東区、品川区の3区に跨ったややこしい人工島なのである。


30-724.jpg
メインコンテンツである本館展示だが、施設が古びて型落ちしまくった現在「B級スポット」的に認知されているのはもっぱら別館として近くの岸壁に停泊している青函連絡船「羊蹄丸」内の青函ワールドで、こちら本館は真面目な展示コーナーがひたすら続くのみとなっているので、このへんは大きく割愛する。
30-725.jpg
基本的に本館に展示されているのは船の科学館のテーマ通りに船舶や海洋に関するものとなっていて、この辺は別に普通の内容でツッコミどころも特になく家族連れでも気兼ねなく楽しめますので現地でごゆっくりどうぞ。
30-771.jpg
でも右翼のドン笹川良一会長率いる日本財団が運営しているだけあって、海上保安庁PRコーナーが置かれているのは印象的だった。日本の排他的経済水域についての話や尖閣諸島や竹島、北方領土といった領土問題、そして北朝鮮の不審船事件における海保の仕事っぷりをエンドレステープで放映する気合の入れよう。
ちなみに横浜みなとみらい赤レンガ倉庫前に海保の運営する展示室があって、そこに「不審船の現物」が展示されているのでそちらも必見である。
30-726.jpg
おまけに時代錯誤的なテレビのクイズ番組の大道具セットを見るかのような気分にさせてくれる「Q&Aシアター」まで。パネルに整列された数字が何とも懐かしい気分にさせてくれる。今じゃ現役なのは「アタック25」くらいだけど児玉清さんももう居ないし。この船の科学館も休館となり昭和はますます遠ざかって行く。
30-727.jpg
本館展示を見終わったら3階に登ってみよう。そこには唐突に現れる、これまた懐かしい感覚を覚えるラジコン船操縦コーナーがあって、子供から大人まで船長さん気分になれる、昭和のデパ屋的なユルユル空間が残っていたのだ。
30-728.jpg
申し訳程度の広さしかないビルの上の小さな海に浮かぶはコンテナ船から豪華客船、それに戦艦まで…海保の巡視船とセットで動かしたかった北朝鮮の不審船は残念ながらありませんでした。5分100円で操作できますよ。
30-729.jpg
本館見物の〆には建物中央にそびえる高さ70メートルの展望台にも登ってみよう。船の科学館が出来た当初はこの建物以外周囲に殆ど何も無く、広大な埋立地に唯一この展望台を持つ船の科学館の建物はそれは目立った事だろう。その頃に比べると今の「お台場」はすっかり様変わりした。
30-710.jpg
続いて本館を離れて、別館として近くの岸壁に係留されている2つの船を見ていく事にしよう。南極観測船「宗谷」と青函連絡船「羊蹄丸」である。現在、この2つの船の見学には本館で入館券を買った上で提示する必要があるので注意。
30-734.jpg
南極観測船「宗谷」についても有名なので細かい説明は省くが、旧ソ連によって1936年に建造され、75年が経過するという相当なレトロ船なのだ。さすがに船内各所に年月の重さを感じさせる。
30-740.jpg
戦前は海軍に所属して南洋の戦地に赴き、戦後は樺太と小樽を往復する引揚船として活躍してきた。南極観測船として使われたのはその後で、1978年に退役し、その翌年から現在までここ船の科学館前の岸壁に展示され続けている。
30-731.jpg
横須賀の三笠公園にある戦艦三笠のように地面にコンクリートで固定されている訳ではなく、今でも船籍があり船舶法の適用する船で実際に海に浮かんでいるので、リアルに波に揺られる。食堂に隣接するキッチンの食器棚やカウンターを見ても、船の揺れで食器が落ちないように作られている。
30-733.jpg
船内にある設備は殆ど現役時そのままの姿で保存されている。ここは士官用の風呂場。航海中は真水を節約する為に風呂の水は海水を使い、南極に居た時は氷の塊をドボンと浴槽に入れて蒸気で溶かして風呂の水に使っていたとある。
30-737.jpg
士官用個室?は今でも生活臭のかけらが残る空間。壁には宗谷の引退時に乗組員が残した記念カキコが見られる。「偉大な宗谷よさようなら いつの日か又逢いに来る」最後の一行が見えないが、その下には昭和53年10月2日の日付が。
30-738.jpg
一般乗組員の部屋。狭い部屋の中がさらに二段ベッドに区切られている。働き盛りの男二人が寄り添う空間を見るからに酸素が欠乏しそうになるがギターを持って寝転ぶ何故か西洋人的な顔立ちのマネキンが妙にリアルだ。
30-739.jpg
船内には医務室もあって常時乗組員の健康を守る為に医師も乗り込んでいた。レントゲン検査に加えて簡単な手術まで出来る。南極に病院なんてないので、このくらいの設備は必要だった訳だな。
30-735.jpg
「宗谷」は初代の南極観測船として1956年から1965年まで活躍した間、南極観測任務を6回行った。船内には観測船や南極昭和基地での暮らしを送る乗組員達の今昔の写真が展示されたパネルもある。ちなみに過酷な南極暮らしを続ける男達を陰で支えていたはずの南極2号についての記述は一切ない。当たり前か。
船の科学館休館後は本館や羊蹄丸の展示も終わってしまうが、数奇な運命を辿り日本の海洋史に大きな価値を持つ「宗谷」だけは展示を引き続き行うとの話もある。

The following two tabs change content below.
東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
タグクラウドから記事を探す
DEEP案内編集部のnote

知ってました?DEEP案内編集部のnote

ネット上で大っぴらにするのはちょっと憚られる内容の記事は「DEEP案内編集部のnote」で書く事もたまにございます。全て100円からの有料記事となっておりますので興味のある方のみご利用下さい。

記事を人に教える

トップへ戻る
Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.