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江戸川区葛西 (2) 怒羅権の影

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引き続き、東京23区の東の果て「葛西」からお送りしますよ。
これから、東京最強と恐れられる中国人暴走族軍団「葛西怒羅権」発祥の地を巡る。
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駅前だけ見ていたら本当に綺麗な街なんですけどね(笑)
ちなみに葛西エリアには東西線の西葛西駅もあるが、そちらはIT系で働く頭脳労働系インド人が多数出稼ぎに来ておりインド人コミュニティが存在している。全体的にインド料理店多し。もう一つは京葉線の葛西臨海公園駅だが、こちらは住人にとっては実用的に乏しい。団地側には全くそっぽを向いており半ば公園に遊びに来るリア充専用駅となっている。そもそも京葉線自体がリア充専用路線だししょうがない。


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葛西エリア全体が元は広大な干拓地だったこともあり、土地が埋め立てられ市街化した今も街のあちこちに親水遊歩道が張り巡らされている。これらは船の通行や農業用水を引くために細かく水路が築かれていた跡である。
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しかしこうした親水公園がなければ元の広大な農作地帯の姿はおおよそ想像もつかないものだ。
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再び駅前周辺をうろつくと地味ながらに怪しげなナイトスポットを発見する。キャバクラにしてはおおよそ似つかわしくない外観。もしかしてハプバーや同伴喫茶とかアッチ系の店か?詳細ご存知の方は情報キボンヌ。
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葛西怒羅権発祥の地である中国残留孤児自立支援施設「常盤寮」があった住所を見ると、葛西駅から環七沿いに北にひたすら進んでいけば良い事が分かった。道沿いにはかなり目立つ看板の韓国食材専門店がある。その入口横にはピースボートのポスター。
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歩道を歩いていると時折後ろからベルも鳴らさずに高速で自転車に追い抜かれたりするので結構危険だ。マナーの悪さといったら我が地元大阪民国に匹敵するクオリティだ。何気なく通り過ぎる道端の食料品店兼タバコ屋も大阪のどっかの下町に来たかのような錯覚に陥る。
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そしてやはり葛西の街には中華料理屋がやたら目立つ。中国残留孤児を受け入れた常盤寮があったからなのか、因果関係はよくわからないが。
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環七沿いに進むとやがて荒川と旧江戸川を東西に結ぶ「新川」を跨ぐ。この新川も親水公園として整備されていて、住環境としてはなかなか良さげに見える。この川を境に葛西エリアと船堀・一之江エリアに大雑把に分かれている。江戸川区自体も相当広すぎる。
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その新川沿いに「常盤寮」の跡地がある。とはいえ今では「江戸川区立障害者支援ハウス」という全く別の施設に変わっており当時の面影を残すものは何も無い。ましてや「葛西怒羅権発祥の地」なんて石碑が建っているはずもないのだ。
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「怒羅権」とは「日本人に対する怒り、団結、権利」を意味する。1988年(昭和63年)、中国残留孤児帰国者の一時入所施設「常盤寮」があった東京都江戸川区葛西で怒羅権は結成された。

中国残留孤児の問題は当時の政治が招いた悲劇の一つであるが、半世紀以上中国で暮らしてきた孤児が日本に帰国しても言葉が分からず生活に馴染めないといった問題もあった。人がアウトローに走る理由も社会からの疎外感や被差別意識が強く影響している。残留孤児二世・三世が不良少年となりマフィア化してしまったのはある意味自然な成り行きだったのかも知れない。
現在も「障害者支援ハウス」があり社会弱者のための施設としてこの土地が使われているのには意味があるのだろう。
参考サイト
中国帰国者・サハリン帰国者支援ホームページ「同声・同気」

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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