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杉並区和泉、玉川上水新水路跡の超絶バラック家屋ゾーンは一体何なのか

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京王線代田橋駅から甲州街道を挟んだ北側にある杉並区和泉と言えば、沖縄タウン化した激寂れ商店街で知られる「和泉明店街」があったりする場所なのだが、この商店街の近くにとんでもない昭和の残骸が残っているというので様子を見に行く事にした。

杉並区 和泉 代田橋

まずは環七通り側からのアプローチが分かりやすいので、こちらから攻めてみよう。環七泉南交差点に都営バスのバス停がある。渋谷と阿佐ヶ谷を結ぶ「渋66」系統が高頻度で走っているのでバスで来るのも楽な方法だ。電車だと京王線の代田橋か丸ノ内線の方南町が割と近い。

杉並区 和泉 代田橋

泉南交差点から西側の細い路地に入ると、粗末なトタン張りのサイディングが施された古臭い掘っ立て小屋みたいな家屋がずらりと並ぶ異様な光景が現れる。これは一体何なのか、昭和30年代から時の流れを止めたかのような空間だ。

杉並区 和泉 代田橋

しかも結構な割合で空き家のまま廃屋と化して荒れていたり、中には取り壊されて歯抜けの空き地になってしまった箇所まである。歯並びの悪い老人の歯槽膿漏の歯みたいな家並みだ。

杉並区 和泉 代田橋

空き家となったオンボロバラック家屋の中には元店舗だったものもある。「東京都畳工業協同組合」のプレートが掲げられたかつての街の畳屋さん。すっかし廃墟化しているが、波トタン板の錆具合がもはや芸術の域。

杉並区 和泉 代田橋

そして、家の隙間のちょっとした空間に目をやると、かつては井戸水を生活用水として使ってました的な古いポンプまで置かれていて、完全に昭和の趣き。周りはいまどきなマンションばかりなのに、ここだけエアポケットのように異次元な生活空間が残っているのだから目を引く。

杉並区 和泉 代田橋

こうして空き地になった箇所はバイク駐輪場になったりしているが、隣家の壁にはこれまた鮮やかなブルートタンで補修している所が良い。いずれは消えてしまう光景なのかも知れないが…

杉並区 和泉 代田橋

そもそもこの道沿いに新宿方面に向かうと、その先は西新宿副都心となった「旧淀橋浄水場」、そしてこちら側には「和泉給水所」、この区間を結ぶ「玉川上水新水路」というのが土地の前身。

明治31(1898)年にこの新水路が開削されたが、関東大震災で盛土が崩壊して使い物にならなくなったので、昭和12(1937)年に今の甲州街道の地下に導水管が埋設され、この新水路は廃止された。

杉並区 和泉 代田橋

新水路の廃止後は土地が埋め立てられて、環七から東側は東京都道431号角筈和泉町線、通称「水道道路」として、交通量の多い甲州街道に並行する形で渋滞緩和の役に立っている。しかし環七から西側のこの一帯だけがバラック家屋が立ち並ぶ今の姿になった。

杉並区 和泉 代田橋

新水路跡の埋め立てが完了したのは昭和30年代だというので、その頃なら戦後の住宅難もあっただろうし、これらの家が存在する理由も何となく想像できる。国土地理院のサイトで終戦後の米軍撮影の航空写真なんかを見ると、ちょうどこの位置に被災者住宅っぽいものが映っているので、それがバラック家屋の前身なのかも知れん。

杉並区 和泉 代田橋

オンボロバラックストリート裏手の路地に入ると、DIY感半端無いお宅のベランダが間近に拝める。これでもまだ廃屋ではなかったりするのが凄い。雨漏りとか台風で壁が剥がれたりとかしないもんでしょうか。

杉並区 和泉 代田橋

足元に目をやると異様な程に多いマンホール群。各戸ごとの点検用なのだろうか。本来なら行政にとっては取り壊して整備したい対象なのだろうが、いつまでも残っているところから見てもただならぬ特殊な事情を感じずにはいられない。

杉並区 和泉 代田橋

それに、これらの家屋の裏手をよく見ていると、こんな都心に程近い場所であるにも関わらず未だにプロパンガスのボンベを取り付けた家が多い。つまり都市ガスの敷設が行われていないという事だ。

杉並区 和泉 代田橋

東京都区内の都市ガス普及率の高さから考えると、飲食店や屋台でもない一般家庭なのにプロパンガスを使っているお宅なんて、もはや絶滅危惧種ではないだろうか。

杉並区 和泉 代田橋

最寄りの代田橋駅が各停しか止まらないしょぼい駅なのもあるのか、この辺の開発の取り残され度が目に付く。このへんは杉並、世田谷、渋谷三区の境目にあるが、中途半端な印象であまり発展している事もない。だからこそ残っている光景なのかもな。

杉並区 和泉 代田橋

旧玉川上水新水路のバラックゾーンを過ぎるとその先は「和泉明店街」というこれまた昭和ムード全開な寂れ商店街があるので、沖縄そばなんぞを啜って帰る事にする。そういえば環七から東側の水道道路沿いも都営住宅がびっしり並んでいて面白いんですが、そのへんのレポートはまたの機会に書く。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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