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東京DEEP的「江ノ島」の歩き方 (4) サムエルコッキング苑

リア充カップルの聖地と化している江島神社辺津宮を過ぎてエスカーを乗り継ぐといよいよ江ノ島の頂上に辿り着く。ここまではほぼ一本道なので観光客向けのコースを通って行かなければならず、我々としてはツッコミどころに困る。
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ここまで来るとエスカーのセット券もある事だし、傍らにあるサムエル・コッキング苑と江ノ島展望灯台に寄ろうかという事になる。ここは江ノ島訪問時はお約束みたいなものである。


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定番コースの一つであるサムエル・コッキング苑は、明治15(1882)年にアイルランド人の貿易商サムエル・コッキングが私財をはたいて作った大庭園で、現在も当時のままの煉瓦積みの温室遺構が残っているという点が見物となっているが、なぜか観光客にはスルーされがちな場所だ。
2002年の江の島植物園のリニューアル工事の時に大量の縄文土器とともに発掘された遺構で、関東大震災時に大部分が崩壊したまま放置されていたらしい。そうやって聞くとなかなか凄い場所だという事が分かる。
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よくよく見るとトンネルまで隠れていたりしてなかなかアドベンチャーな雰囲気がある温室遺構だが、残念ながら老朽化のためか知らぬが立入禁止。整備された歩道上から眺めるだけという形になってしまう。非常につまんないが、しょうがない。
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煉瓦積みの遺構の上に容赦なく築かれたウッドデッキ風の小奇麗な歩道は、まるで横須賀・猿島を彷彿とさせる。一度観光名所になってしまうとこうなるのも運命なのだろうが、やるせない気持ちにさせられるのは我々だけなのだろうか。廃墟はあくまで廃墟のままで居て欲しい。
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他にもアイルランド人貿易商が建てる訳もない中華風東屋(昆明広場)や韓国の置物(保寧広場)が傍らに置かれていたりと統一感がない。
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さらには「マイアミビーチエリア」まで現れた。中国韓国にアメリカですか。庭園を管理する藤沢市と海外の都市が姉妹都市提携を結んでいる関係でこういったセンスのないモニュメントが作られている。
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目の前には東洋のマイアミビーチ(らしい)片瀬海岸が眼前に迫っている。いかにも湘南にやってきたぜという気分にさせられる。
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サムエル・コッキング苑には様々な植物があるが、巨大なリュウゼツランの先に江の島展望灯台が現れる。たまたま訪れたら50年に一度という開花の直前で、巨大な花弁が展望灯台に負けじと天に向けて伸びていたのだった。2008年8月の事である。行った時期がバレバレですね。
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馬鹿と煙は高い所が好きなので展望灯台の上に喜び勇んで登ってみると眼下に広がる絶壁と崖っぷちギリギリに作られた土産物屋や民宿などの建物群の存在が凄まじい。思わずクラクラしてしまう。
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展望灯台から見る風景で最も驚くべきは片瀬海岸や遠くに見える富士山よりも、むしろ足元に広がる崖っぷちの家屋群だった。ちょっとしたマチュピチュ状態である。江ノ島の尾根伝いに奥津宮に向けて土産物屋がずーっと伸びているのである。
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エレベーターでも帰れるが、傍らの階段で昇り降りする事も出来る。高所恐怖症じゃなければ是非帰りは階段で。螺旋階段をぐるぐる回りながら降りて行く事になる。海風が心地良い。
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この江ノ島灯台も実は二代目で、2003年に建て替えられて綺麗な観光灯台と化している訳だが、以前の初代江ノ島灯台は二子玉川園にあった旧陸軍落下傘降下訓練塔(後に読売パラシュート塔)を移築したものが使われていた(→詳細)。不格好な作りで怪しさ満点の塔だったが、老朽化の理由で取り壊される運命に。すっかり風情が変わってしまい残念である。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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