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三浦半島の先端を往く (5) 城ヶ島上陸<後編>

唐突に現れる謎のギリシャ神殿風公園を抜けると目の前に城ヶ島灯台がある。

江戸時代の烽火台があった時代を含めると歴史は古いが、明治3(1870)年に初代の灯台が初点灯、ペリーの黒船来航で開国を迫られた近代日本で5番目に点灯した西洋式灯台である。ちなみに現在のものは2代目にあたる。



灯台の銘板にも明治三年八月十三日という日付がしっかりと右から左に刻まれているのである。昭和40年までは灯台内に博物館もあって、中に入れたらしい。

今でも城ヶ島灯台からは相模灘を照らしていて、行き来する船を案内し続けている。灯台の手前の丸いリング状の石像は灯台の点灯120周年を記念して置かれたもの。
ちなみに城ヶ島にはもう一つ島の東側に安房崎灯台も置かれているが、地味に神奈川県最南端の地でもある。

灯台から先は長津呂崎の千畳敷の磯と京急ホテルが見える。この辺まで来るとホテルの宿泊客がちらほら散歩しているのに出くわす訳だが、すべからく中年以上の方々ばかりでした。

城ヶ島灯台から長津呂崎の磯へ降りる階段は京急ホテルの渡り廊下を潜って続いている。この京急ホテルも建物から見て高度経済成長期の古めかしさを匂わせるどこかしら懐かしい臭いがする。

日帰り入浴も可能な城ヶ島京急ホテルの建物は比較的小さめである。昭和の高度経済成長期に京急グループが城ヶ島や油壺を一大レジャーランドとして整備したもので、城ヶ島辺りも1970年代までは観光客で賑わっていたそうだが、海外旅行などレジャーの多様化云々で他の東京近郊観光地と同じく寂れてしまっている。

京急ホテルだけは中高年観光客を引き止めて何とか頑張っているようだが、隣の民宿はことごとくブッ潰れてしまい建物の中ががらんどうになった寒々しい姿を晒していた。最近の観光客は温泉至上主義者ばかりで、温泉が出ない城ヶ島のホテルでは満足しないらしい。


周りにある観光客向けの大衆食堂や磯魚料理の店もまさしく昭和の遺物がそのまま現役のような姿を留めていてなかなか素敵である。観光客だらけの江ノ島辺りとはやはり一味違っている。

しかし目の前に広がる千畳敷の磯は自然の造形物として立派な姿を見せている事には変わりない。家族連れに混じってオッサンオバハンまではしゃいでいる。きっと昔は新婚旅行が城ヶ島だったという慎ましやかな夫婦もいたことだろう。

磯に降り立つと千畳敷の地形ならではの昔からの地層がくっきりと見えていて非常に美しい。江ノ島や鎌倉辺りの小洒落た雰囲気は微塵も感じられない、昭和の空気が色濃く残る泥臭い観光地。城ヶ島西端の長津呂崎はまさにそんな場所だった。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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