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【川崎市】工業都市川崎の昭和がこびりつく街、川崎区「観音」の廃れた街並み(2009年)

神奈川県でもっとも多い初詣参拝客数を誇る、川崎を代表する寺「川崎大師・平間寺」を後にする。参拝客の人の流れとは無縁の場所に入った途端、急に街が廃墟だらけの寂しい空間に変わってしまう。そんな街の姿を少し案内しよう。

川崎大師のすぐ裏側には、こんな感じで営業しているのかどうか分からないような廃墟同然の店があるなど早くも殺伐とした気配が漂う。かつては川崎と言えば工業の街であると同時の公害の街でもあった。かつては公害に悩まされつつもそこに仕事があるからと住み続ける人がいただろうが、時代が過ぎ去るとそうした街には一様に人の生活が消え、荒んだ表情を見せる。

川崎大師南側の川崎区川中島・観音に入ると廃屋率は急激に上がる。かつては「カワサキ」という名称が公害の代名詞とまで言われた時代もあったそうだが、今では工業地帯における大気汚染は相当改善され、別段気になる程でもない。しかしそれは川崎が誇る重化学工業の衰退という結果だから皮肉なものだ。

川崎駅から川崎港を結ぶ国道132号線のすぐ脇にも、戦前に建てられたものだろうか、平屋建てのオンボロバラックが廃墟と化している姿を見ることができる。

まだ生活の臭いをかすかに感じ取れるくらい、きちんとした姿を留めたボロアパートの廃屋。もう使われずに潰される運命しかないのだろうか。周辺が普通に住宅地であるにも関わらずこの場所だけがまるで虫食いのようになっていた。

オンボロバラックは3棟続きで敷地の奥に縦長に広がっている。雑草があまり伸びきっていないところを見ると使われなくなってそれ程年月が経っていないように思えたが…

いまにも風化しそうなコンクリート製の排水パン。

年代物の牛乳受けもそのままになっている。集団食中毒事件を起こすまではかつてのトップブランドだった「雪印牛乳」のマークも時代を感じさせるかのようだ。

国道132号の南側に入ったところの酒屋「みやこや」の前で、何やら様子の変な自販機を発見する。自販機なのに「ジンジャーエール50円」などとかなり大安売り状態である。

「みやこや」はなぜか駄菓子も大安売りのようだが、あいにく店は開いていなかった。「在庫処分特価 チューアイス 10円」と表記されている。

その先にも恵比寿屋という凄まじい佇まいの「角のタバコ屋」がある。傍らには「スタンプを集めて楽しいお買い物 観音ファミリースタンプ」などと、商店街のスタンプカードのことを記した看板があるが一体いつの時代のものだろう。そもそもそんな商店街らしきものはどこにあるのか分からないくらい寂れてしまっている。

恵比寿屋の向かいにも、またしても戦後のドサクサ感漂う古い焼肉屋がある。シャッターが閉まったままになっているが今でも営業しているのだろうか。シャッターの横の窓には聖教新聞が挟み込まれている。そうかそうか。

建物の横もかなり凄い事になっている。ここからすぐ南側の川崎区桜本・大島・浜町がいわゆる「おおひん地区」と呼ばれる在日コリアン集住地域だが、かつて京浜工業地帯で働く労働者の街として発展したこの地域は今では栄光の陰もなく、まさに「都会の田舎」たる静けさを見せる。

関東における川崎公害は関西で言う所の尼崎や西淀川のそれと共通している。昔は排気ガスやら光化学スモッグやらが流行ったりした時代もあったのかも知れないが、今になってこの界隈を歩いていても別段空気が汚れているという事もない。清々しいくらいに何もない。

この辺からはあちらこちらにコリアタウンらしい韓国屋台の店を頻繁に見かける事になる。神奈川県でもこの界隈の在日コリアン率はトップクラスだ。それはかつての川崎が重化学工業地帯で、その労働力として戦前期に朝鮮半島から多くの労働者が移住してきた事に由来する。

どこの下町には銭湯がつきものだが、やはり工業地帯で下町である川崎臨海部の銭湯比率は半端なく多い。道を歩けば銭湯に当たる勢いだ。縦に細長い形の川崎市内における銭湯はほとんどが海側の川崎区と幸区に固まっている。

寂れた街に飲食店は少ない。近所のオッサンの集会場になっているであろう喫茶店の名前は「かんのんちゃま」…そういえばここは川崎区観音だった。

観音という地名であるからには、その地名に由来する観音様があるのだろうと勘繰っていたら、案の定この先の道沿いにありました。古びた寺に潮音殿と書かれた山門。この奥に石観音堂がある…が、そのまま素通りする。

子供が遊ぶ風景も見当たらない公園の向こうにはトランバラック倉庫がある。とにかくこの界隈では銭湯とバラックと公明党ポスターの遭遇率が高い。

ついでに遭遇率が高いのが廃屋だ…しかしこの家の雰囲気はかなり異様である。比較的放置されてからの年代も浅いが、そんなに豪邸でもないのにセコムを使っていたり随分と不自然さが際立つ。

玄関前に無造作に放置された粗大ごみの山を見て愕然とした。夜逃げでもしたのか?

さらに奇妙なのは庭に散乱する大量のキッコーマン醤油のボトル。醤油が大惨事である。実にもったいない。家の主が無理心中のために飲み干したのか、それとも何かのメッセージなのか、それは最後までわからずじまいだった。

謎の醤油廃屋の向かいにも完全に森に還ってしまったかのような超絶緑化住宅もある。まさに村人が神隠しにでも遭ったかのような不自然な一帯である。

やはりこの周囲にも天然記念物級のバラック家屋が…

あまつさえ目の前が広い原っぱとなっており風貌はさしずめ「大草原の小さな家」といったところか。川崎臨海貧民街のレベルの高さに思わず溜息が出る。

このまま白黒写真にすれば昭和30年の写真ですと言っても何の違和感もない風景。川崎には、我々戦後世代が記憶のかなたに追い遣ろうとしている過去の光景を蘇らせる景色が現存する。

43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層

<追記>川崎区観音は2015年2月に起きた「川崎中1男子生徒殺害事件」の被告(犯行当時18歳)の自宅がある地域だ。この事件でただでさえ悪い川崎のイメージがさらに悪化する結果となった。


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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