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成田空港滑走路目前、参拝しただけで100%職質される禁断の「東峰神社」へ 

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成田空港が開港する以前から数えると、およそ40年来の争いが今も続く「三里塚闘争」のシンボル、それが日本の民間航空のパイオニア・伊藤音次郎氏がこの地に入植した時に遷座した、ここ東峰神社なのだ。

この地に訪れるのは今も土地に住み続ける僅かな東峰地区の住民、そして飛行機撮影マニア、それに神社マニア、あとは警察の職務質問を受けるのが趣味のマゾ変態くらいしかおらず殆どの人々に忘れ去られたかのような存在となった神社。

伊藤氏亡き今、今や成田空港第二滑走路の終端に孤立するかのように立ち尽くす小さな神社は、成田空港の裏面史を静かに語り継ぐ生き字引のようにも見える。

ちなみに東峰神社には賽銭箱がないので、参拝者が置いていったお賽銭がそのまま地べたに置かれてしまっている。こんな状態になってしまっても、いずこから参拝者は訪れるもの。日本人の信仰心の深さが垣間見える。

神社の周りを取り囲むフェンスは所々網目状のものが付けられていて、フェンスの中から時折警戒にあたる警備員の姿を見る事も出来る。

草むらに覆われたスペースに金網で塞がれた蓋のようなものがある。旧空港公団による立入禁止の札が掛かっているだけで何の役目を果たすものか、よく分からない。

それよりもこの場所での不要な行動は後から必ずやってくる私服警官による職務質問の時に面倒な事にもなりかねない。この神社に来た人物の行動は全てどこかから監視カメラで見られているであろう。あくまで我々は神社を見に来たのだ。

東峰神社は現在も東峰地区の住民によって手入れされていて、以前の木造の鳥居が老朽化したこともあって現在の石鳥居に取り替えられたのは、つい最近の2005年1月の事だったようだ。

さらには拝殿の正面に敷かれたコンクリート床も、2004年の日付が入れられている。こうして東峰地区住民の共同資産として大切に守られている訳だが、比較的最近になって手入れが進んでいるのには、どうやらこの神社を取り巻く一つの事件があったせいだろう。

以前の東峰神社には、境内を包み込む程の大きな立ち木で覆われていたのだが、それを2001年6月に成田空港会社の前身である新東京国際空港公団が「飛行の障害になる」として勝手に伐採した事をきっかけに、地元の農家が空港公団を相手取り訴訟を起こした事件がある。

訴訟は和解に持ち込まれて「謝罪と賠償」で一段落してはいるようだが、それから植え直した立ち木が再び航空法に引っかかる高さまで成長して、また一悶着起きそうな状態になっているようだ。

ちなみに成田空港の第2滑走路は2009年10月には東峰神社を避けるように北に延伸を行い、2180メートルから2500メートルへ距離が伸びているが、それでも大型機の離発着は不可能で機能が著しく制限されている。

東峰神社の名が刻まれた石碑の裏側を見ると、元の名前だった「航空神社」の文字が刻まれていたのがコンクリートで塞がれているのが丸わかりになっている。

伊藤音次郎氏が自身の飛行機研究所から遷座した神社には、自らが飛行機研究の一線から退いて三里塚の地で農場主としての人生を歩む事になってから、その名前すらも封じ込めたかのような印象すら受ける、コンクリートで練りこまれた文字の跡。飛行家としての人生を否定するかのようで意味深だが真に意図する事はわからない。

奇しくも伊藤氏の土地が成田空港建設予定地に掛かっていた事で、まず自らが先陣を切って用地売却契約を最初に締結したのである。それはこの土地への愛着以上に日本の航空界の発展を願っての事だったのだろうか。

そう考えると、先祖代々の地主はともかく、政治利用の為に農民を煽動して40年以上も土地に居座り続ける極左過激派連中の往生際の悪さが際立つようにも思える。

伊藤氏はあの世からこの空港の事態をどう思って眺めている事だろう。

東峰神社の境内に居ると、ひっきりなしに飛行機が離発着を繰り返す。特に第2滑走路からの離陸があった時は目の前に離陸寸前の航空機が上空を掠めるスリリングなシーンにお目にかかれるだろう。

離陸シーンがタイミング良く見られるのが先か、私服警官にやってこられるのが先か、どちらにしてもスリリングな展開になるゆえ粘ってみたが、結局私服警官が先にやってきた。

もっと威圧的で物々しくやってくるのかと思ったが案外腰の低い方々で、こちらが恐縮するくらいであった。確かに聞いていた通り、免許証の身分照会と、東峰神社に来た理由、それにこの地域の事情を少しだけ説明した後、神社の周囲を回りながら不審物が無いかチェック、おおよそ15分くらいで私服警官はその場を去った。


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泥沼状態の続く三里塚闘争も一向に終わる気配がない。

この東峰神社もいつまで残っているか分からないが、海外旅行でバカンス(笑)スイーツ(笑)なんぞと浮かれている平和ボケの日本人な方々も、成田からの空の旅に出る機会があれば窓の外から足元の虫食いだらけの奇妙な国際空港を見つけて、不条理な現実を考えながら、この神社の存在と、三里塚闘争の歴史について是非知っておくべきだと思う。

参考ページ
東峰神社裁判
成田空港占領事件(1978)
「習志野から大空へ~民間航空のパイオニア・伊藤音次郎」


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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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