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自殺の名所・奥秩父「秩父湖吊橋」へ行く (1)

埼玉県の西端、秩父往還に沿って山梨県方面に抜ける道をひたすら突き進んで行くとそこは「奥秩父」。選りに選ってなんでこんな場所に来たのかというと、奥秩父の廃村巡りをやりたかったからだ。だが色々と都合が悪くなったため、ひとまず目指したのが「自殺の名所」として名高い秩父湖。
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奥秩父の旧大滝村から、甲府に抜ける国道140号雁坂トンネルに向かう彩甲斐街道を外れて旧道の方へ入る。ここまで来てしまうともはや首都圏であるとは思えない風景。
1998年に雁坂トンネルが開通するまでは「開かずの国道」などと呼ばれ、日本三大峠の一つに数えられる雁坂峠は車の通れない険しい峠道。当然奥秩父もどん詰まりの山の中、というような場所だったので色々とヤバそうな物件が転がっている。


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秩父湖へ向かう道をさらに進むと、反対側の山から何やらぽっかり開いた洞穴が見える。
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よく見ると「縄文人居住跡 神庭洞窟」と書かれた看板が傍らに立てかけられていた。しかも県指定史跡とまで。こんな山奥の洞窟にも縄文人が住んでいたのか。それはいいのだがPに矢印だけでは駐車場がどこにあるのかさっぱり分からん。
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ところで秩父と言えば50万年前の石器とともに住居跡が発見されたと話題になった「秩父原人」の苦い記憶がある。「人類史上の大発見」「日本三大原人まつり」などと騒がれ、嬉しさ余って「秩父原人チプー」なる幻のゆるキャラまで作られたのだが、後に考古学者の捏造が発覚し、秩父原人まつりやチプーの存在も闇に消えた。
ちなみに神庭洞窟の中はこんな感じらしい(→詳細)再度訪問である。
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長い山道をうねるように車を走らせると秩父湖畔にようやく辿り着いた。ここから先がまた面倒臭い。車一台分しか通れず交互通行の細いトンネルの中にT字路があり分岐しているせいで、トンネルの手前で最大5分近く待たされる信号機が置かれているのだ。物凄く「最果て」感を感じさせてくれる。
うっかり途中の分岐を間違えたらまたもう一度待たされる羽目になるので注意。左に進むと二瀬ダムの上を通り三峯神社方面へ。右に進めば今回目的の秩父湖吊橋。
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二瀬ダムの横を通り過ぎてそのまま秩父湖畔へ。この付近は「自殺の名所」としてあまりに有名で、吊橋からの飛び降りや、湖畔の山道脇での集団練炭自殺の続発など話題に事欠かない。人生どん詰まりな方々が奥秩父のどん詰まりに引き寄せられるのは自然の摂理なのかどうかは定かではないが。
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吊橋の手前に一軒の廃屋がある。もう何十年と放置されたままであろう廃屋だが、建物自体は崩落しておらず開け放たれた玄関からは様々な家財道具やよくわからない缶や瓶が転がっている。
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古いミシンの残骸やら錆びた缶、木箱の中に整列された謎の瓶など、置かれているものが怪しい。同じような木箱が奥にも積まれているので見てみると、蓋の部分に「平成3年度道路災害復旧工事」などと書かれている。他にも「地表排水ボーリング工」の文字も。
ということは土建屋さんが工事後に廃屋に仕事道具を放置していったものであると思われる。
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平成3(1991)年ってことはまる20年前。その頃から廃屋になっていたという事か。もしかするとその頃の工事で作業員達がこの廃屋をこっそり物置場にしていたのかも知れない。
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玄関口から見て左側の部屋には作業員のヘルメットや灯油ポリタンクなんぞが放置されていた。その昔はこんな所にも人が住んでいたのだろう。のっけから廃な風景ばかりが拝める奥秩父。さすが埼玉のチベット。
…で、肝心の秩父湖吊橋はここからすぐ先の所にある。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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