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埼玉県日高市・古代朝鮮渡来人の郷「高麗」 (6)

埼玉県日高市にある日本の朝鮮「高麗郡」の中心的な存在で、高麗神社と同じく高麗王若光を祀る「聖天院」。普通の寺かと思いきや、やはりどこかしら朝鮮テイストが感じられる変わった寺なのである。
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丘陵の中腹に置かれた聖天院の本堂。どうやら本堂のある一帯は10年ほど前に山を整地するなど大規模な改修が行われたらしく、境内はそれほど古いといった印象を持つ事はない。


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本堂の傍らに記念碑が置かれているが、それを見ると10年前の改修では本堂だけではなく「在日韓民族無縁仏慰霊塔」まで作られているのが分かる。この慰霊塔というのが聖天院拝観の上で最大の肝。
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本殿から向かって左奥に進むと慰霊塔があるようだ。案内板で示されている。
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その先に入ると裏山の舞台の上に一体の石像が置かれているのが見える。
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高麗王若光の石像らしいが、1250年前の人物の写真が残されているはずもなく風貌はあくまで想像で描かれているのみとの事。渡来人らしい顔つきで描かれている訳だが、目が釣り上がってますね<`∀´>
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境内の一番奥、かなりだだっ広い空間にぽつんと供養塔が置かれている。第二次世界大戦中に命を落とした無名の韓国人を弔う為に在日韓国人有志の寄付で作られたものだという。
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聞く所によると慰霊塔は36段構造になっていて、これは日本が朝鮮を植民地支配してきた36年間に掛けているというのだ。これもまた、韓国人の恨みの文化というやつだろうか。ちなみに塔の下部は納骨堂である。
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まだ真新しさすら感じる慰霊塔。在日韓民族による在日韓民族の為の慰霊施設である以外の何者でもない。一体どれだけの無縁仏がここに眠っているのか、詳しい事は一切書かれていなかった。
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その慰霊塔を見守るかのように置かれるのが朝鮮の歴代の偉人をかたどった石像。壇君だとか太宗武烈王、王仁博士といった像がある。
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慰霊塔の左側には韓国ソウル・タプコル公園にある八角亭を模した東屋がある。この八角亭も特別な意味がある。韓国では抗日独立運動(3・1運動)の象徴とされる建物なのだ。まあなんというか韓国の恨みの文化って凄いですね。
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さらには「在日白衣民族の聖地」と記された看板まである。白衣民族とは韓民族の別称である。勝手に日本国土の中心地とまで書かれてしまっているがそれはさすがに書きすぎだと思う。年号も韓国の「檀紀」になっているし。
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隣には「慰霊碑を守る会」の掲示板もある。中には会報らしきものや韓国の新聞記事が掲示されていたりする。メンバーの中心はやはり在日韓国人で占められている模様。
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さらに慰霊碑の前の一画には墓地も造成されていたが、10年そこそこしか経っていないせいか区画は殆ど空きばかりで寒々しい墓地である。
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聖天院自体もかなり歴史の古い寺だが、妙に目新しい慰霊碑と墓地の存在にやたら違和感を覚えてしまった。だいたい在日韓国人だって多くは日本人と同化している訳だし今更こんなウリナライズム全開の墓に入る人間もそんなに多くないだろうに。
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そのうち外国人参政権でも出来たら竹島と対馬の次に韓国領になってしまいそうな勢いの埼玉県日高市・高麗郷からの秋の風景をお送りしました。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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