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横浜ド下町ゾーン「天王町」 (3) 天王町日用品市場<前編>

相鉄天王町駅からシルクロード天王町商店街を抜けて洪福寺松原商店街方面に向かう途中、国道16号八王子街道の手前で商店街を左に折れると、極端に鄙びた2階建ての商店の建物が姿を現す。

現在もその建物は使われていて、道路に面した部分には中華料理屋などが並んでいる訳だが、建物の開口部の中を覗き見ると、かつて市場だった名残りを残している。
ここは「天王町日用品市場」の成れの果ての姿である。
戦前から富士紡績の工場があって、企業城下町として栄え伊勢佐木町と並ぶ繁華街だったという天王町界隈の、かつての栄華の名残りとも言える建物だろう。



中華料理屋の前に「コインランドリー入口」の看板がある通り、市場の中には今でも入れるようだ。目の前には壊れたコタツなど、ガラクタが放置されている。

しかし中の様子がどえらい事になっている。物置きというよりはガラクタ置き場と化した通路の奥には「コインランドリーセンター」とこれまた古風な字体で書かれた看板が掲げられている。

なんだか凄まじい建物だが、そんな所に入っている中華料理屋「上海飯店」もなかなか怪しげな風貌をしている。これでも地元では有名店らしい。
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あまつさえ店の看板には「ラメこ」とある。日本語が既にヤバイ。大丈夫なのだろうか。

そんな上海飯店を代表格に路地裏に面した飲食店が2、3軒現役で稼働している。2階はおそらくアパートか何かだろうか。

角を曲がった先にももう一ヶ所、市場の中に続く開口部と店が続いている。思いの外、建物の規模が大きい。

もう一軒並んでいた店はやきとりと天ぷらの店だったようだが、既に潰れてしまっていて玄関のガラス扉も無残に壊されている。

その後も棟続きに建物が並んでいるが、こちらも市場の残骸が生々しい。2階部分のトタン葺きの壁に微かに文字が見えるであろう。「◯天」「日用品市場」と下手な文字で書かれている。「天王町日用品市場」の存在を今に伝えているのだ。
その下は市場への入口となっているようだが、シャッターが締め切られていて中には入れない。

さらに市場の建物はぐるりと半周して、国道16号の一本南側の道路沿いに至る。かつてはちゃんとした商店街だったのは見るからに理解出来るが、軒並み店舗が潰れてしまっていて、廃墟同然になっている。

この市場の経緯がよく分からないので、ネット上の情報を辿ってみたが、東京ではなく横浜の話なので出てくるネタが少ない。どうやら数年前には既にこの状態になってしまっていたらしい。

北側にも市場への入口があるものの、同様に封鎖されている。

その向かいにもかなりご立派な銭湯建築が見られてたまらなくレトロなのだが、この銭湯も見事にブッ潰れていて暖簾を掲げていない。「保土ヶ谷浴場」という名前だったが、2006年6月末で廃業、向かいの市場と同様、そのまま放置プレイである。
この保土ヶ谷浴場も昭和25(1950)年の開業だったという。この付近は戦後の焼け野原から再興した地区で、恐らく天王町日用品市場も戦後に出来たものであろうと思われる。

せっかくここまで来て、市場の中を見て行かない訳にもいくまい。まさにあばら屋といった表現に近い、魔窟のような市場の残骸に足を踏み入れる。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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