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ハマのアメ横・洪福寺松原商店街 (2)

おそらく横浜市内で最も活気に溢れる商店街であろうと思われる、保土ヶ谷区の「洪福寺松原商店街」。相鉄線天王町駅から徒歩5分程度の場所にある商店街は、決して大規模でもないが、安売り店舗の密集具合は半端ないのだ。

旧「オガワ薬品」の謎の果物屋の前は凄まじく買い物客だらけでまともに歩くのも難しい。上野のアメ横を彷彿とさせる戦後の闇市的場末感が残った空間を「ハマのアメ横」とはよく言ったものだ。



この位置まで来ると視覚だけでなく鼻腔まで刺激的な焼き鳥の臭いに襲われてしまう。もうもうと煙を挙げて近隣のババ服屋の売り物にまで臭いを染み付かせる露店の焼き鳥は全品80円で買い物客の「ついでに焼き鳥でも」の食欲を惹きつける誘蛾灯のようにそびえる。
早速焼き鳥の臭いにやられて買い物袋を下げたまま買ったばかりの焼き鳥を貪る奥様のあられも無い姿が見られるのだ。人々の食欲・所有欲が渦巻く生々しい商店街の日常風景である。

遠目に見ると改めて壮絶な商店街だと感じさせてくれる。戦後の時代から今の今まで何一つスタイルを変えずに続けてきた事であろう。

謎の果物屋の脇に入るとやはりダンボールが山積みにされた光景が見られるが、果物屋の建物自体もかなりバラック気味であるのが見える。

その傍らには、松原商店街だけで使える「松原シール」の説明が。500円で550円分の買い物が出来る!今どきの自治体でやっているプレミア付き買い物券の先駆け的な存在である。銀行の預金にもなるわ駐車券にもバス乗車券にもなるわ、凄いぞ松原シール。

謎の果物屋と焼き鳥屋台を過ぎると、あとは人通りも一気に少なくなって、ぽつぽつと衣料品店などが並んでいる程度になる。商店街自体はそんなに大きくないので、一巡してもそれほど時間は掛からない。

商店街の端っこに来ると、バラック建てそのままの状態の店舗もちらほら残っている。商店街の所在地は保土ヶ谷区宮田町だが、そこから東側に入ると住所が西区浅間町に変わる。

ちなみに商店街の名前の由来ともなっている「洪福寺」という寺は、商店街から外れた洪福寺交差点の角にぽつんと建っている。

なかなか立派な山門を構えているが、いかんせん商店街を挟んで国道16号八王子街道と旧東海道の交差点を挟んだ反対側にあるせいか、人通りは殆どない。

寺の境内もビルインタイプに改修されてしまっていて、ちょっと微妙な雰囲気だったのでそのままさり気なく通り過ぎた。

この洪福寺周辺の南浅間町一帯は、実は「新天地カフェー街」という赤線が存在していたそうだが、現在もその名残りとして、やけにスナックや居酒屋が多かったり、所々に赤線建築を思わせる古い建物が現存している。

この付近も空襲を受けて壊滅状態になったため、元赤線の風情は殆ど留めていない。戦後もカフェー街、占領軍の慰安施設として軍人や労働者などの夜の相手をしていた店があったそうだ。

特に赤線時代を偲ばせる建物が国道16号に近い路地に隠れている。結構大きな建物だ。

建物の中央に入口があって、その上は飾りに付いたガラス窓と三本の柱がある。現在はスナック兼住居のように使われているようだ。

中に入ると高い吹き抜けの天井が独特である。天王町日用品市場の内部に似た構造だが、ここは市場ではなく慰安施設だったらしい。しかしその事を示す看板の跡などは全く存在せず。何処と無く陰鬱さを秘めた場所だ。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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