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富津市・見捨てられた歴史遺産「岩谷観音磨崖仏群」 (2)

千葉県富津市のとある集落に眠る太古の時代の磨崖仏群を見に訪れた。そこは地元民ですら寄り付かず、お堂も閉ざされたままのひたすら裏寂れた空間だった。

お堂の裏の崖にいくつも洞穴が開いているが、唯一人間が入れる感じの洞穴に足を踏み入れると、壁際にびっしりと磨崖仏が掘られているのが見える。当然だが全て手彫りでコツコツと掘り進めたものだろう。



数百年経過している事もあってか掘り抜かれた磨崖仏は既に姿形がぼんやり見えるだけでかなり風化が進んでいるように見える。一つ一つの磨崖仏が小さいという事もあるが、ちょっと仏さん達が可哀想にも思える。

そんな磨崖仏群よりも凄いと感じたのが、洞穴を刳り抜いて器用に作られた階段などの造形物である。なんだか秘密基地みたいで無駄に楽しい。これを掘った昔の人も、きっと秘密基地マニアだったのかも知れない。

大の大人が入り込んでもびくともしない程に丈夫には作られているが、よくこれで落盤しないものだなと不思議に思う。体重を乗せると明らかにヤバそうな箇所もあって気が抜けない。

見た感じ全然管理されている様子がないので、好奇心でここを訪れても行動は全て自己責任が原則だ。突然落盤して生き埋めになっても恨むな。

さらに奥の方にも姿形を留めていない磨崖仏群が見られる。房総半島は比較的柔らかい岩盤が多いらしく、さらに日蓮聖人のゆかりもあってかこうした洞窟寺院は他にも沢山あるようだが、殆ど知られていない場所も多いだろう。

洞穴は階段を介して二層構造になっていた。ここが都心だったら絶好のホームレスの住まいになりそうな気配だが、過疎化が北東北並みに深刻な南房総ではそうはならない。

磨崖仏だけに限らず、よくわからない石像や庚申塔まで置かれていてミステリアスである。厚い信仰を受けていた昔の時代には、一体どのような日常が繰り広げられていたのだろうか。

洞窟はそれほど奥深くまで続いている訳ではなく崖の表面に広範囲に作られているので、このように開口部から外の景色を拝む事もできる。ちょうとお堂の屋根が横に見えている。

先程うろうろしていた洞穴を外側から見るとこんな感じ。本当に洞窟というよりは横穴群といった方が正しいかも知れない。

「奈良時代に行基が一夜にして作り上げた」という言い伝え以外何も分かっていない謎の磨崖仏群。時を越えて現代の我々に何を伝えようとしているのか、まあよくわかんないんですが、それにしてもよくここまで作ったもんだなあと。

他にもいっぱい穴が開いている訳だが、あまり一般人が無闇に立ち入るのもどうかと思うような状態のものもあるので、ひとまずこのへんで引き上げる事にした。
地元も観光資源にするつもりはないようで、この先もずっと放置プレイのままなのだろう。こういう場所が人知れず沢山残っている事を想像すると日本もそれほど狭くはないなと実感した次第。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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