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住所なし、帰属未定。大田区と江東区が領土争い!知られざる東京の人工島「中央防波堤埋立地」には何があるのか

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首都東京は江戸時代から着々とその土地を沖へ沖へと伸ばし拡大してきた。昔は築地あたりから海が広がっていたが、それも戦前、戦後を通して夢の島やお台場辺りまで新しい土地が増えだして、今ではさらにその沖合に土地が出来ている。

今回訪問したのは、お台場からさらに沖に出来ている「中央防波堤」と呼ばれる土地だ。この中央防波堤、名前だけ聞くと字面通りの「防波堤」かと受け取りそうになるが、実は防波堤の周辺に埋立地が広がり、れっきとした人工島の一つとして存在している。厳密には「中央防波堤埋立地」と呼んで然るべきものだ。

都民の9割は行った事が無さそうなお台場の先の謎の人工島

東京では昔から夢の島あたりに処理したゴミを埋め立て続けてきた訳だが、今では夢の島ではなく、この中央防波堤の南側にある「新海面処分場」に埋立てられている。

江東区 若洲

いまだ多くの都民には謎の存在であり続ける「中央防波堤」へは、お台場の東京テレポート駅から出ている都営バス(波01系統)に乗るか、もしくは車でお台場か城南島から海底トンネルを通るか、2012年に開通し江東区若洲と当地を結ぶ「東京ゲートブリッジ」を渡らないと行く事が出来ない。あと東京ゲートブリッジを徒歩で渡っても、中央防波堤側には降りられないので注意。

江東区 中央防波堤

テレコムセンター駅方面から沖合に進み、中央防波堤へ渡る手前の暁ふ頭公園にやってきた。周囲は完全に倉庫街となっており、お台場で見かけるリア充カップルのような人種を見かける事もない。そこには広々とした空と延々と続く埋立地があるだけ。

江東区 中央防波堤

暁ふ頭公園から中央防波堤内側埋立地を遠望する事が出来る。内側埋立地は西側半分が既に港湾施設や環境施設が続々建っていて、既に都市機能の一部を担っている。

江東区と大田区が領土争いを起こしている中央防波堤埋立地

江東区 中央防波堤

しかし内側埋立地の東側半分は現在も原っぱのままである。中央防波堤埋立地はいまだ住所未確定地で、区の所属すら決まっていない。お台場方面と城南島方面、2つの海底トンネルで繋がっている江東区と大田区がそれぞれ帰属を主張しているのだ。中央防波堤埋立地に整備中の「海の森公園」が2020年東京五輪の競技に使われる予定となっているが、その頃までに領土紛争は決着しているだろうか。

江東区 中央防波堤

時折轟音とともに頭上のかなり低い場所をジェット機が頻繁に通っていく。羽田空港へ着陸する飛行機がこの場所を通っているからだ。間近に見るとかなり迫力がある。その手のマニアならゆっくり車を停めてでも見たくなりそうな穴場スポットだが、生憎ながら現状では道交法に抵触せずに駐車可能な場所がない。大人しく都営バスで来ましょう。

江東区 中央防波堤

お台場方面からは第二航路トンネルという海底トンネルを通って中央防波堤へアクセスする。ある意味東京の最果てにやってきた訳であるが、ひたすらコンテナヤードが広がっているだけで当然ながらコンビニやガソリンスタンドといった店の一つもない。当然ながら定住人口はゼロだ。

江東区 中央防波堤

中央防波堤埋立地内を走る車は、コンテナ車か大型トラックかゴミ収集車ばかり。大田区と江東区を直接行き来できる重要な経路になっていて交通量は物凄く多い。2002年に城南島方面に臨海トンネルが開通し、アクセス経路として一般に開放されるようになるまで、一般車両の通行(第二航路トンネルの通行)も原則禁じられていた。さらに2012年の東京ゲートブリッジ開通後は一般車両の交通量も増加している。

江東区 中央防波堤

しかし中央防波堤自体は2016年現在でも、どこの区にも属さない名無しの土地。形式上は「江東区青海三丁目地先」(2009年の住居表示実施前は青海二丁目)という事にはなっているようだ。

江東区 中央防波堤

中央防波堤内の内側埋立地、外側埋立地を隔てる水路に架かる橋、その名も「中防大橋」。

車の往来は盛んだが歩行者の姿は皆無

江東区 中央防波堤

当然ながらこの橋の上を歩いていても歩行者の姿は全く見当たらない。徒歩や自転車で海底トンネルを通れないので、車かバスで来るしかないのだ。唯一の公共交通機関は中央防波堤で働く従業員が使う都営バス波01系統しかなく、運行時間も通勤時間帯に偏っている。

江東区 中央防波堤

中防大橋の上から、この埋立地の全体が広々と見渡す事が出来る。夢の島へのゴミ埋め立てが満杯となった後、中央防波堤への埋め立ては内側埋立地が昭和48(1973)年、外側埋立地が昭和52(1977)年から始まっている。ちなみに夢の島地区は現在新木場駅がある他は大部分が夢の島公園となっている。

江東区 中央防波堤

内側埋立地側には普通に建物が立ち並んでいて、もはや未開の地という言葉は当てはまらない。その多くが環境関連の施設ばかりである。リサイクル工場、ゴミ処理場、それに目の前のビルは東京都環境局中防合同庁舎。

江東区 中央防波堤

内側埋立地の東側には風力発電機が立ち並んでいる。工場稼働中の平日は特に工事車両の往来が頻繁だし、そもそも立ち入り禁止なので、これ以上先に進むべきではない。ちなみに現在整備中の「海の森公園」も同様に立ち入り禁止。

江東区 中央防波堤

それにしてもこれが東京の一風景だなんて想像できないわけだが。まさに誰も知らない東京。ここまで都バスに乗って小一時間掛けてわざわざ見に来る酔狂な人間も殆ど居ないとは思うが…昼間のバスは一時間一本しかないしコンビニはおろか自販機の類も全くないので水分補給の手段は前もって確保しておこう。

江東区 中央防波堤

中央防波堤外側埋立地の東側に、江東区若洲方面と繋がる「東京ゲートブリッジ」が掛かっている。訪問時は建設中で見ての通りの状況だったが、2012年に開通後、全長2933メートルのトラス橋としてレインボーブリッジを超える東京最長の橋になった。重量6000トンというトラス桁の設置工事は2009年9月に巨大クレーン船三隻を用いて壮大に行われた。

江東区 中央防波堤
さらに外側埋立地を見る事にする。外側埋立地の土地はごく一部がコンテナ置き場となっている他はほぼ空き地だらけである。特に東側埋立処分場は標高30メートルはある小高い山が築かれていて、まさに廃棄物の平成新山と呼ぶに相応しい。湾岸道路を進んだ先の千葉県市川市にも行徳富士という廃棄物の山があるんですが、こっちもなかなか凄いっすね…

江東区 中央防波堤

年々増大する東京の人口、増え続けるゴミに対応するべくこのような山が出来上がったのだろうか。山の斜面には東京都のシンボルであるイチョウマークが置かれていた。かつて杉並区を相手に巻き起こった「東京ゴミ戦争」の時代から江東区は都民のゴミ捨て場としての裏歴史を刻んでいた。その当時のようなハエと悪臭に塗れた悲惨な状況も完全に昔話である。

メタンガスと高濃度汚染水が排出されるゴミの島が五輪会場に

江東区 中央防波堤

実のところ、中央防波堤埋立地はその大部分が焼却されないままのゴミを埋め立てられて作られた島で、その為高濃度のメタンガスが地中から年がら年中吹き出し、毒性の強い汚染水が排出されている劣悪な環境にある。人が定住できる状態ではないのは言うまでもなく、火災防止のガス抜きパイプが多数地中にぶっ刺されていたり、メタンガスや有毒な汚染水の処理に毎年莫大な費用が掛かっているという。ここが2020年東京五輪のボート・カヌー競技会場になるのか…大変そうだな…

江東区 中央防波堤

外側埋立地東側は本当に何にもない。目新しいアスファルトの路面と廃棄物の山、そして抜けるような碧々とした空が一面に広がっているのみ。東京にもこんな広い空が見られる場所があるのだ。

江東区 中央防波堤

だが足元に目をやるとそこには場所柄ありがちな大人向けの本の切れ端が落ちているのであった。あらヤダ…

夜な夜な不逞の輩が無人島に忍び込んでイケナイコトを致しているのか定かではないが、そう言えば東京ゲートブリッジを渡った先の江東区若洲もかつて足立区の評判を地に貶めた「綾瀬女子高生コンクリ殺人事件」で被害者がドラム缶にコンクリート詰めにされ遺棄されていた現場だった。これぞ都会の死角か…


※本記事は2010年9月公開の記事に加筆訂正を加えて再公開しているものです。

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東京DEEP案内の管理人です。2008年の開設以来、首都圏一都三県の街歩き情報を淡々と記録し続けております。いわゆる日陰者的物件、観光地にもならない場所、ちょっとアレな地域を見物・考察する事を趣味としております。2017年6月15日、単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を発売。
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